トランプ信者集団、東トルキスタン独立運動、国民主権の想いを込めて歌うカラオケおじさん。首相官邸前のある1日

要望書を受け取らない首相官邸

 午後3時過ぎから始まった集会は、先ほどの女性の演説だけで、あとはただ静かに日本と東トルキスタンの国旗を掲げて立っているだけだった。  男性メンバーが、私服警官らしき人と話し込んでいた。後から男性に、話を聞くと。 「今の人は、私達がふだんこういう活動をしている新宿の警察署の人か、もしかしたら公安かもしれない。今私達は首相官邸に要望書を届けようとしたのですが、ポストがないから受け取れないと言われました。要望書は内閣府で受け取るから、事前にアポイントを取って内閣府に行くようにと」  首相官邸の敷地の入口は機動隊が固めており、仮にポストがあったとしても官邸の建物に近づくことはできない。それ以前に、官邸前で抗議活動をしている人間は、官邸に向かう横断歩道を渡ろうとしても機動隊に阻まれる(他の一般の通行人は自由に横断できる)。  首相宛の要望書や誓願書を機動隊が受け取って官邸スタッフに渡すことくらいできるはずだ。どうせ首相の手に渡る前にチェックされるのだから安全面でも問題はないのではないか。なぜ、首相宛の文書を官邸に届けることができないのか。 「要望書は、ただの1枚の紙なんですよ。いままで郵便では送ってきましたが、返事はないし、今日は官邸前で集会をしたので官邸に要望書を届けたかった。民主主義の国ならできることですよね。ここで集会をする日本人の皆さんは、官邸に要望書を届けたりしないのでしょうか」(男性)  少なくとも私自身は、この場所で集会や抗議活動をした人が官邸に要望書などを届けようとしている姿は見たことがない。そう告げると、男性が言った。 「それじゃあ、ここで抗議する意味がないじゃないですか」  返す言葉がなかった。  彼らは菅首相の出入りの際に自分たちの姿だけでも見てほしいと、夕方6時頃まで、その場に立ち続けた。

最後はカラオケおじさん

 宗教臭漂うトランプ信奉者の戯言を半笑いで聴いていた後に、今度は深刻な民族問題と日本の民主主義に対する疑問を突きつけられ、一気に神妙な気分になった。こんなデタラメな国でごめんなさい。  上記の通り、官邸前で座り込みを続ける女性は沖縄出身。しかも琉球独立が信条だ。ウイグル人が独立を主張すると同法からも煙たがれると言っていたと彼女に伝えた。 「同じだ。沖縄についても、別に暴力で独立しようと言っているわけじゃなくても、独立と言うだけでテロリストみたいに言われる」  ウイグルやチベット、そして琉球について、女性と少し話をした。よし、今度こそ帰ろう。その時。 「カラオケおじさんだ~!」  官邸前にいた人から声があがった。官邸に向かってアンプを通して大声で歌を歌うおじさんの登場だ。毎日のように官邸前に現れる名物おじさんを見物しないわけにはいかない。また、家に帰るチャンスを逸してしまった。 「ジャニーズの嵐の『ふるさと』を歌います! こないだは1番だけでしたが、今日は歌詞カードを見ながら2番も歌います!」(おじさん)  最初から歌詞カードを見れば、こないだだって2番も歌えただろうに。 「家でカラオケを練習する時、両耳にヘッドホンをして下曲を聞きながら歌うと自分の声がよく聴こえないので、実は上手く歌えない。そこで左耳にだけイヤホンをして原曲を聴いて、右の耳で自分の声を聴きながら練習するといいんです」  機材の準備をしながら、そんな趣旨のカラオケ練習法を説く。それもマイクを通して。菅首相にとって大いに参考になることだろう。  ところが、おじさんが歌い始めても、原曲やバック演奏は聴こえない。おじさんの声だけ。アカペラだ。しかもたどたどしい。
カラオケおじさん

実は国民主権への熱い想いを歌に乗せていたカラオケおじさん

 見ているうちに、カラオケおじさんのシステムを理解した。原曲をイヤホンで聴き、自分の声だけアンプから出しているのだ。歌うテンポが一定しないのだが、おじさんのイヤホンから聴こえている原曲は容赦なく進んでいく。だから我々の耳に届くおじさんの歌は、テンポの帳尻合わせのために駆け足になったり途切れたりしてしまうのだ。 「そのシステムを解明したのは藤倉さん(筆者)が初めてだよ。みんな関わりたくないから、おじさんにそこまで近づかないもん」(官邸前に座り込む女性の支援者)  『ふるさと』の次は、プラターズの『オンリー・ユー』だ。
次のページ
カラオケおじさんが『オンリー・ユー』に込めた熱い想い
1
2
3
4
5