声帯を失う前の筆者が「記者クラブ廃止」を訴えてから3週間後の首相発言
1941年、治安維持法・大政翼賛体制で誕生した「記者クラブ」は海外では
“kisha kurabu”“kisha club”と訳されているので、私は外国にある
“press club”“press room”“media center”などと混同されないように、
「キシャクラブ」と表現している。
筆者は4月2日、下咽頭がん再発で咽頭・喉頭の全摘手術を受けた。自分の声帯を失う直前の3月27日、ネットメディアの「インディペンデント・ウェブ・ジャーナル」(IWJ)で、「記者クラブ制度の廃止なくして、日本にジャーナリズムの創成はない」と訴えた。
その番組から3週間後、安倍首相が記者クラブ問題で会見参加者に
「皆さんで議論をしてほしい」と要望したのだ。
私はこの会見をNHKの中継で見ていたが、NHKは幹事社の質問が終わった数分後に中継を止めたため、ネットの動画で視聴し、
官邸ウェブサイトの会見記録でも確認した。
フリー畠山記者の質問をさえぎった長谷川榮一・内閣広報官
会見は「三密」を避け、ソーシャルディスタンスを守りながら行われた
官邸のウェブサイトによると、畠山氏と首相の質疑応答は以下のようだった。コロナ禍の下での選挙のあり方についての質疑の部分は省略した。
記者会見の司会を務める内閣広報官は長谷川榮一・首相補佐官である。
畠山:(前略)総理は常々、「国民にていねいな説明をする」というふうに発言をされていますけれども、記者会見というのは参加する記者がすごく限定されていて質問の数も限られているわけです。
このように限定された形での記者会見を可能にしている現在の記者クラブ制度について、総理がどのようにお考えになっているか。それから今後、よりオープンな形での記者会見を開いていくお考えがあるのか、お聞かせいただければと思います。
安倍首相:(前略)記者クラブの在り方というのは、私が申し上げることではないかもしれません。それはまた時代の流れの中において、今までのメディアがすべてカバーしているのかと言えば、そうではない時代になり始めましたよね。ですから、その中でどう考えるかということについては、正に皆様方に議論をしていただきたいなと思います。
ただ自民党政権の中において、こうした形でご質問をいただいたのは初めてのことだろうと思います。こうした形で、できる限り皆さんの機会も確保していきたい。どうしても総理大臣としての質問は、皆さんの質問も受けると何時間にもなることにもなりますので、ある程度時間は限らせていただきたいと思いますが、なるべくそうした機会も増やしていきたいと思っています。
長谷川内閣広報官:すみません。後の、ほかの皆さんが御質問を希望されているので、ほかの方に譲りたいと思います。それではほかの方、どうぞ。では国貞さん、手を挙げているかな。
ほかの記者:『京都新聞』の国貞と申します(後略)。
畠山氏は自分の席から
「日本記者クラブでの会見に応じるお考えはありますか」と追加質問を発しようとした。しかし、
長谷川内閣広報官がそれをさえぎって『京都新聞』の国貞記者が名指しで指名された。国貞記者は同志社大学社会学部メディア学科卒で、筆者も知っている記者だ。彼はここで
「総理は今の追加質問に答えてほしい」と言うべきだったのではないか。