夜10時を過ぎてもまだ立法会への人波が増え続けていた。
人々のオーラが徐々に怒りに変わっているような胸騒ぎがした。
地平線の向こうまで埋め尽くした群衆の声。もう声なのか地鳴りなのかわからない、人生で体感したことのない卒倒しそうなほどの圧が体に伝わってくる。内臓まで響いてくる。
「呪いを解いてくれ、香港にかけられた呪いを解いてくれ」
彼らがそう言っているように感じ、身震いした。人々の渇望が今夜、莫大なひとつの塊になり躍動していた。
「龍だ、、」
僕は巨大な龍を見たのだ。気を抜くと飲み込まれてしまいそうだった。今夜、何が起こっても不思議じゃない、、、混沌が街を包み込んでいた。
群衆の一部、若者たちはやはり立法会にたどり着いても、そこから離れようとしなかった。先日、LEEJが推理した通りのことが起こった。
デモ行進で立法会に着いた一部がその場に座り込むことで、市民たちは立法会を占拠しようとしていた。
「天安門」……。その呪われた3文字が頭のなかで大きくなってくる。いずれにせよ、今夜は眠れないだろう。
僕は一旦ホテルに帰り、機材を充電しようと群衆をかき分けた。
途中、水とパンを買おうとコンビニに立ち寄ったが、レジに立つと運悪く香港ドルを切らせていて、カードも使えなかった。どうしようか、、、まごついていると、後ろにいた若い女性が「私が払います」と名乗り出た。
「!?」
一瞬、事態が飲み込めなかった。
「これは香港のためです」
と、その女性は毅然とした表情で言った。
彼女は僕の背中のPRESSの文字を見て、そうしてくれたのだろう。
人間の温かさを僕は真正面から受けた。心が激しく揺さぶられた。深く頭を下げ感謝をした。代わりに日本円を千円渡した。
精一杯のいちばんかっこいい顔を作り、
「ありがとう。僕らは東アジアの民主主義の兄弟だ」
拙い英語でそう言って握手して別れた。
ホテルに帰って泣いた。ボロボロ泣いた。あの人の毅然とした表情。どこか切なげでいて、しかし強い覚悟に満ちたあの表情を僕は生涯忘れることはないだろう。