その一方で、イスラム教徒全てがカーン氏に好意的なわけではない。特に、カーン氏が断固とした対抗策を掲げているイスラム過激派は敵意をむき出しにしている。元人権派弁護士でありリベラルなイスラム教徒として知られるカーン氏は、一貫してLGBTの権利をサポートしており、2013年に下院議員として同性婚を支持する法案に賛成票を投じた際にはイスラム教指導者から彼を非難するファトワ(宗教令)が発令され、過激派から多数の殺害脅迫を受けてもいる。カーン氏本人は脅迫に負けることなく、市長になった直後の5月17日にも、世界反ホモフォビアの日(IDAHOT)を祝いロンドン市庁舎に虹色の旗を掲げるなどその信念を曲げてはいないが、これは過激派からより強い反発を招くことだろう。
過激派の反発はテロにも繋がりやすい。すでにロンドンは過激派によって次のターゲットとして名指しされており、また海を越えてすぐのパリやブリュッセルでのテロはロンドン市民にも身近な事件だった。筆者は日本人にロンドン市民のテロに対する不安を聞かれたとき、「日本に住む人々にとっての大地震のようなもの」と説明する。これは市民の多くがテロを「遅かれ早かれいつかは起きるもの」とみているからだ。こうしたロンドン市民の不安に対し、カーン氏はここでも元運輸相の経験を生かして地下鉄などの警備態勢を充実させるほか、主流派のイスラム教徒たちが過激主義に意を唱えられるようサポートすることなどを政策に掲げている。しかしもしも任期中にイスラム過激派によるテロが発生すれば、保守派を中心として、イスラム教徒であるカーン氏に批判の目が向けられることは避けられない。市長として、政治生命をかけて過激派やテロを徹底的に抑え込む必要があるだろう。
また過激派でなくとも、より保守的なイスラム教徒にとってもカーン氏のリベラルさは共感しにくいようだ。先ほどとは別のロンドン在住のイスラム教徒の30代男性はこう語る。「選挙ではカーン氏は第一候補には選ばなかった*2。選挙キャンペーン中、イスラム教徒であることを攻撃される中で、彼は自身がイスラム教徒であることを誇りに思っているようには見えなかったし、彼の意見がイスラム教徒の多数派の意見を完全に反映しているとも思えない。でも、市長に選ばれた彼にはイスラモフォビア(イスラム恐怖症)対策に取り組んでほしいと思う。」