そして、多文化社会への適応と寛容さは「欧州の首都」とも呼ばれるロンドン特有の傾向でもある。2011年の統計によると、ロンドンにおける白人英国人の比率は約45%と少数派であるものの、これが英国全体になると約82%が白人英国人となる。移民の少ない地域では排外主義も強く、移民規制やEU離脱を政策に掲げ、極右政党としてみられることも多いイギリス独立党(UKIP)の2015年総選挙における支持率は、ロンドンでは約8%だったのに対し、英国全体(北アイルランドを除く)では約13%と大きな開きがある。そうした地方在住の英国民からは、今回の選挙の結果に対する懸念の声も聞かれる。もうすぐロンドンへの引越しを控えているというある20代の若者は、「イスラム教徒が市長になったことが良いことなのか悪いことなのか分からない。ロンドンは犯罪率も高く、怖い場所というイメージがある。メディアではロンドンでの移民による犯罪の報道も多いし、新市長の元で移民が増えたら治安が悪化しないか心配だよ。カーン市長が安全な街づくりをしてくれることを願っている」と語る。
一方で、カーン氏支持者からはそういった人種や宗教の壁を乗り越え、統合を進める役割を求める声が大きい。カーン氏が市長になったことが少数派の若者たちに希望を与えた一方で、今回の選挙戦でのゴールドスミス氏によるネガティブキャンペーンは、英国社会に積極的に参加しようとする若きイスラム教徒たちの意気を挫くものでもあったという意見も聞かれる。西側社会の中での疎外感がイスラム教徒の若者たちを過激派の思想に染まりやすくさせる、という考えが浸透してきている中、宗教や人種による差別をはねのけ英国内でも重要なポストを勝ち取ったカーン氏には、今後も若者たちへの模範となるよう大きな期待がかかっている。ロンドン在住でイスラム教徒の30代の男性は、「カーン氏に投票したのは、彼が現代のロンドンを象徴するような人物だから。彼が約束通り希望と団結をもたらしてくれることを願っている。そして願わくば彼の立場が、多くの人にイスラム教徒の殆どが他の誰もと同じく、ただ平和と互いの尊重を望んでいるということを理解してもらうきっかけになるといいね」と言う。