日本人が他国の観光客に比べて少ないため、朝鮮国際旅行社の中でも日本語ガイドたちだけが暇を持て余しているという話は事情通から複数、漏れ伝わっている。彼らは大学で日本語を習得したものの、拉致問題をきっかけに日朝断絶が続いているためスキルやキャリアを長年活かせずにいるのだという。Mさんは、だからこそ彼らは、日本人との生の交流に積極的であると話す。
「社会情勢や政治情勢ではなく、個人同士の立場で文化的な話をするときが一番心を通わせられたと思います。そうしていくうちに、向こうも”素顔”を見せてくれる。開城でオンドル(※床下暖房)部屋に泊まったとき床や部屋があまりに暑かったので『ちょっと電圧下げて!』と言ったら、少し怒り気味に『Mさん、我が国の電力事情を考えてください。そのオンドルは火を焚いたものです』と(笑)。ガイドも初対面の頃は電力不足について『エコ』『省エネです』と取り繕うのですが、親交を深めていくにつれ、本音で話すことができました」
また北朝鮮は特に国策においては親中であるが、民間レベルでは嫌中感情が高まっていることが知られている。Mさんの訪朝時にもそれは顕著に感じられたとか。
「しょっちゅう中国人観光客の団体とバッティングしましたが、ガイドは『中国人はマナーがない』『中国人は威張っているんですよ』と、あからさまに嫌悪感を出していました。ガイドの説明を明らかに聞いてなかったり、痰を吐いていたり、朝鮮の人々が神聖視したり重要視したりしているところでそういう行動をとっているのは、私も不快に感じました。結婚式ムービーを撮るため、私たちが平壌の街中を歩いているときも、中国人観光客がスマホやタブレットで私たちをむやみに撮るので、妻も怒っていました」
かくして、無事に挙式を終えることができたMさん夫妻。肝心の妻はどんな反応だったのか?
「妻は滞在中、閉鎖的な雰囲気と不便さに気持ちが滅入ることもあったようですが、帰国後は色々と思うことがあるようで、北朝鮮のニュースが出ると、『あのガイドさん、今どうしてるだろうね』という話をよくします。担当ガイドの奥さんが重い病気だったので。ただ、挙式のことは家族や友人にはまだ言わないでおきたいみたいですが(笑)」
2002年の日朝平壌宣言および拉致問題の勃発から14年、未だに膠着状態が続く日朝関係。Mさん夫妻のような“英断”は、単なる物好きの枠を超え、二国間関係解決の糸口を探るには、貴重な情報源になると言わざるを得ないだろう。<取材・文/HBO取材班>