ツイッターに流れてくるネットニュースはクリックして開かない限り、見出ししか読めない。筆者も複数のニュース提供主体のアカウントをフォローしているが、見出しを見て興味を持ったもの以外は、見出しの文字を目にするだけだ。そのため、その見出しが「反政府運動」であれば、それを目にした人が「任命拒否された人たちは、そんな危険な人たちなんだ……」という認識を刷り込まれてもおかしくない。
そのような意図的な世論誘導は、実際におこなわれていると筆者は考える。例えば産経新聞のこの記事は、それにあたると思われる。
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学術会議の会員手当約4500万円 加藤官房長官が人件費示す (産経新聞 2020 年10月6日)
この見出しを見て、「えっ? 学術会議の会員になると4500万円ももらえるの?」と思わないだろうか。
日本学術会議が推薦した6名の学者が任命拒否された事実がしんぶん赤旗の1面報道によって表に出たのは10月1日だ。問題が大きく報じられる中で、10月上旬には、学術会議が中国の軍事研究に参加しているなど、様々なデマ情報が拡散された。
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学術会議巡るデマ拡散で重なった「五つの条件」とは – 毎日新聞 2020年11月19日
その渦中でのこの報道だ。記事本文にはこうある。
“
加藤勝信官房長官は6日の記者会見で、毎年約10億円が計上されている日本学術会議の予算のうち、人件費として支払われた金額を示した。加藤氏は令和元年度決算ベースと断った上で、会員手当として総額約4500万円、同会議の事務局の常勤職員50人に、人件費として約3億9千万円支払ったと説明した。「それ以外に旅費などが乗ってくる」とも述べた。”
本文にあるように、この会員手当は「総額」だ。一人当たりの手当ではない。ならば見出しでも「総額4500万円」と書くべきだ。しかし、そう書かれていない。
さらに記事本文を見ると、事務局職員については、常勤職員50人に人件費約3憶9千万円を支払ったと、「人数」と「総額」が書かれているのに、会員手当については4500万円という「総額」しか書かれておらず、「人数」が書かれていない。
会員の定員は210人なので、総額4500万円を210人で割ると、21万5千円弱となる。月額ではなく、年額だ。一人あたりの会員手当は、申し訳ないくらいのものでしかないことがわかる。なのに「
学術会議の会員手当約4500万円」と見出しをつけて報じる。これは世論誘導を目的とした悪意ある報道だろう。そうでないとするならば、報じる意味などない情報だからだ。
また、
第8回の記事で紹介したように、時事通信の12月8日の下記の記事は、「
先の臨時国会で首相を攻めあぐねた野党はほくそ笑んでいる」と、政府がコロナ対応で迷走していることをあたかも喜んでいるかのような報じ方をした。
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内閣支持急落に政府が危機感 GoTo批判、与党にも 時事通信2020年12月8日
そういう状況を見ていると、「共同通信も……?」と疑いの目で見てしまうのだ。
もう一つ、疑いの目で見てしまう事情がある。この報道のタイミングだ。
共同通信の記事が配信された11月8日の前日の7日には、毎日新聞と社会調査研究センターによる世論調査の結果が発表された。
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菅内閣支持率57% 7ポイント下落 学術会議任命拒否「問題」37% 毎日新聞世論調査 毎日新聞2020年11月7日
それによれば、菅内閣の支持率は内閣発足直後の調査から7ポイント低下した57%であった。しかし、日本学術会議の新しい会員として推薦された6人の任命を菅義偉首相が拒否したことについては、「問題だ」と答えた人は37%で、「問題だとは思わない」44%、「どちらとも言えない」18%という結果となり、「問題だ」とする者の割合はそれほど高くなかった。
この結果を菅政権が見れば、「学者が問題にしていても、世論に影響はない。押し切れる」と思っても不思議ではない。だから、そのタイミングで、「もう一押し」と考えたのではないか――そう推測されるのだ。
ここでもう一度、11月8日の共同通信の記事の内容を見てみよう。
“
首相官邸が日本学術会議の会員任命拒否問題で、会員候補6人が安全保障政策などを巡る政府方針への反対運動を先導する事態を懸念し、任命を見送る判断をしていたことが7日、分かった。複数の政府関係者が明らかにした。”
「複数の政府関係者が明らかにした」とある。ここに登場するのも匿名発言なのだ。
政府の方針に従わない者を排除したのだろう、ということは、その前から言われていたことだ。しかし、菅首相をはじめ政府関係者は、そのことは認めてこなかった。10月5日の報道各社によるグループインタビューでは、菅首相は「この6人の方の、政府提出法案に対する立場というものは、今回の人事と関係ないということでいいのか」との問いに「全く関係ありません」と答えていた(*
文字起こし)。
つまりそれは、公にできない本音だった。だから共同通信がその本音を政府関係者から聞き取ったのなら、スクープと言えるのかもしれない。しかし、なぜ「複数の政府関係者」がこのタイミングで記者に本音を語ったのか。それは、世論調査の結果を見て、「このタイミングで本音を語れば、世論はこちらについてくる」と考えたからではないか。だから「複数」の関係者がそろって取材に応じたのではないか。
もしそうであるならば、共同通信はそのような政府の邪悪な意図に加担する報道をおこなったことになる。「反政府運動」という見出しも、政府による世論誘導の意図を知りながら、それに乗ったからではないか。だからこそ、「反政府」のような異様な言葉を見出しに付けたのではないか。「まさか共同通信が」と、信じたくない思いではあるのだが、そう考えることもできてしまうのだ。