haru氏(=僕)は、主人格でいることへのこだわりはない。
「僕はもともと、生への執着が薄いんです。最初はそれぞれ時間の奪い合いだったんですが、倫理や法律を侵さない限りは『僕』が代表でいなければならない理由もないなって。そう考えるようになったらじょじょに日常に支障をきたさなくなりました。以前は、やらなければいけないことを交代人格がストップさせていたんで。きっと『僕』からのSOSを汲み取っていたんでしょう」
彼らの声は聴覚として感じるのではなく、「ラジオだったり、CMの曲が脳内にこびりついて離れないのと似ている」とharu氏は表現する。
「脳内で交代人格の会議が行われていて、『僕』は決定するだけの存在。今こうやって話していることも、会議で決められたことをしゃべってる感覚です」
交代人格には「僕」からアクセスすることはできず、「一度だけ、『今いるのは誰?』と問いかけると返事が返ってきたことがある」という。
主人格でいる時も、「彼ら」が後ろにいるのはわかっている。主人格以外が表に出ている時は、その光景をぼんやりと他人事のように俯瞰しているのだという。
「全ては脳が覚えているんだろうけど、『僕』にはアクセス権限がないので思い出せないことも多い。言うなれば洋祐や圭一がアドミンとして記憶を取りまとめていて、『僕』は一般ユーザーみたいなもの。雰囲気で『僕』を演じているわけです」
だが交代人格らは決して表に立とうとはせず、「僕」のサポートに徹するのだという。
脳内では最大で6人同時に会話していることがあり、そうなると話を追えなくなり、外部の音も聞こえなくなる。
それぞれが現れるトリガーは不明だが、食器が割れたり、怒鳴り声を聞くと13歳の悟が出てくる。テストの時や、頭を使う事柄の際は圭一。仕事の際は仕事できる人間が現れる。ただ、固定されているわけではなく、塾講師をやるときも必ず圭一が出てくるわけではない。主人格の 「僕」は一日に2~3時間出ていれば良いほうで、まったく出てこないときもある。「その時は、誰かがうまいこと僕の演技をしている」という。
また、交代人格どうしで、兄弟喧嘩のようなことも起きる。
「たとえば結衣が美容院を月一回のお楽しみとして取ってあるのに、圭一が1000円カットに行ってしまったことがあったんです。ヘッドスパとか、やりたい髪形があった結衣は激怒して、ダイソーで100円の帽子を買って被っていました。すると、灯真が他で1万円の帽子を買ってきた。結衣からすると、『なぜ私の美容室代5000円は許されないのに1万円の帽子が許されるのか』とさらに納得がいかない。金銭の管理は圭一がしていて、灯真は買い物の失敗はしないから信頼されているというのもありました。そこで喧々諤々の末、1万円の帽子を被り続けることで元を取ろうということになりました。3年くらい被らないといけない計算ですが」
服装も、バリエーションがあると収拾がつかないため白シャツとズボンを「制服」のようにしている。
「当初は深緑色のシャツだったようですが、脇汗が目立つということで結衣がそうしました。また、『男性陣』は日焼け止めに興味ないので、結衣が教育したらしいです」
持ち物や部屋はどうなのか?
「以前、結衣が買った嵐のDVDを圭一が売り、結衣が仕返しで圭一の漫画を売った。そういう攻防が絶えずあるので、僕の部屋はモノの増減が激しいんです。『僕』自身はモノに執着がないので、構わない。身分証や銀行カードがなくならなければいいんで」
結衣は圭一を「しょうもないオッサン」とみなしており、二人の意見がかみ合うことは基本的にはないというが、ただ、一度だけ合意したことがある。結衣は嵐の二宮和也が好きで、二宮になりたい、近づきたいとつねに考えている。それについて圭一が、「二宮と我々の染色体はほぼ一緒なはずなのに、どうしてもこうも違うのか」と言うと、結衣がそれに頷いたという。