「それ、君じゃないよね」……担任は別の「誰か」の存在に気づいていた
高専では当初成績も良く生活は順調だったが、思春期にさしかかり性別違和の苦痛が耐え難いものになっていた。
「何とか女子になろうと頑張っていたのですが、ある日教師が、私の成績が良いことについて『女子なのにすごいね』と言った。それで、いろんな意味で辛さの限界がきてしまったんです」
病院で性同一性障害の診断を受けたときは、安堵よりもむしろ、先行きへの不安が大きかったという。
「女性として生まれた者が男性として生きることの大変さは、調べてわかっていたので」
その後ホルモン治療を開始し、学校にも配慮をしてもらう中で生きづらさは少しずつなくなっていったが、その頃、交代人格がついにharu氏の生活に侵食してくるようになった。
親の転勤で東京の高専に転校した3年次から学業や学校行事が猛烈に忙しくなると同時に、再び日常の記憶が曖昧になることが相次ぎ、やがて「僕」以外の人格でいる時間のほうが長くなった。
授業開始時間に学校ではなく別の場所にいる、午後に学校を抜け出す、保健室や図書室に逃げ込むなどの自分自身の光景が断片的に脳裏に残る。学校を飛び出て、ひたすら歩いている場面がスライドのように見え「いや、どこだよ」と心の中でツッコミを入れることもあった。
テストは、自分よりも賢い「誰か」が受けているため成績に問題はなかったが、それ以外の時間は体が学校にいないため、出席日数が不足するようになっていた。
「明らかに、君の意図じゃないよね」
すでにharu氏の中に「誰か」がいることに気づいていた当時の担任は、そういってharu氏に診断を受けることを勧めた。障害者として診断が下りれば、出席日数不足に対処できるという。
生まれた頃からharu氏を助けていた、10人の人格
医師はharu氏に、まごうことなき解離性同一性障害であると告げた。長いこと自覚症状があったが、haru氏は診断を受けた時は戸惑った。
「自分自身もこの病気に偏見がありました。多重人格なんてフィクションの中の、犯罪者を通じて描かれるような現象。でも主治医が、『交代人格は主人格を守るためにいるんだよ』と言ってくれて、受け入れられた。交代人格は鬱がひどくなったり、『僕』が自死しそうになったときに助けてくれていた存在なんです」
現在、haru氏の中にいる10人の交代人格は次のとおり。(説明はそれぞれ、haru氏の見解)
交代人格はそれぞれ筆跡も異なる
洋祐:「僕」と同い年で、交代人格のまとめ役。
結衣:16歳。交代人格の中で唯一の女性。体の性別に沿わせようと頑張った時期、彼女を生み出すことで女性として生きようとしたのではと考えられる。
悠:男性でも女性でもない。鬱病で不登校になった時に形成されたと思われる。知らない間にリスカさせられた。
はると:6歳。詳細は不明。
悟:13歳。中学に入学し、一生けん命適応しようと思っていた頃の人格。
圭一:25歳。学生時代、テストを代わりに受けて成績を維持していた存在。賢い。
航介:17歳。高専でロボットを作っていた時期にいたのではと推測される。
付(つき):気がついたときにいた。深夜に家を飛び出したりしていた頃の人格。
圭吾:19歳。他の人格から聞くところによると、変な人に絡まれるなど危ない局面で、まとめ役の洋祐が意図的に出せる唯一の人格。彼以外の人格はあっけにとられているが、圭吾は逃げたり振り払うことができる。「僕」が19歳の頃と関係しているかも知れないが、その時何があったか思い出せない。
灯真:年齢がなく、いつからいたか不明。真剣な雰囲気が苦手な「僕」の代わりに、彼が全部肩代わりしている。
交代人格は明確には名乗らないが、声がはっきりと分かれているため識別できるという。