ウィキリークス創設者アサンジ氏が暴露した「米国の戦争犯罪」が凄まじすぎる

700人近くの市民を米軍検問所で殺害、過小報告も

米軍兵士

バグダッド掃討作戦を行う米軍兵士ら。明確な証拠もなく人々を拘束し、虐待をしていた(筆者撮影)

 暴露された文書をもとに、アルジャジーラは2010年10月24日付で「2004年から2010年にかけて、約680人のイラクの民間人が米軍及びイラク軍の検問所で銃殺され、約2000人が負傷した」と報じた。  当時、イラク各地に展開していた米軍は、無数の検問所を道路上などに設置。通行する人々の身分照会や武器や爆発物を所持していないかを確認していた。  だが、米軍兵士やイラク軍兵士が常駐する検問所は武装勢力による攻撃の対象となりやすかったため、米軍側の過剰防衛による民間人銃撃が相次いだ。  前述のアルジャジーラの報道によれば、車で病院に向かう妊婦やその家族が銃撃され殺されたというケースが何件もあるという。また米軍が公に発表していた、検問所での民間人銃撃事件の件数は、ウィキリークスが暴露した文書での報告に比べ、3割強も過小報告されていたのだという。

米軍による一家惨殺事件の文書をリーク、イラク撤退につながった!?

 ウィキリークスは、イラク中部イシャキ村で、2006年3月に女性や幼い子どもたちも含む民間人を米軍兵士らが虐殺した件で、国連の超法規的処刑に関する特別報告者フィリップ・アルストン氏と、米国の国務省とのやり取りを2011年8月に暴露した。  当初、米軍の広報官は「アルカイダの構成員が民家に潜伏しており、激しい戦闘の後、彼らを拘束した」と発表していた。  だが、アルストン氏は米国側とのやり取りの中で、実際には、少なくとも民間人10人が殺され、そのうち4人が女性であったこと、5人が5歳以下の子どもであったこと、さらに全員の遺体は手錠をかけられ頭を撃たれていたことを指摘していた。  本件の暴露は、ちょうどイラク政府と米軍の地位協定についての協議の最中に行われた。ウィキリークスは「我々の暴露により、イラク側は米軍に免責特権を与えることを拒絶し、2012年の米軍イラク撤退につながった」とそのウェブサイト上で自負した。
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暴露された米英の外交文書
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