ブラジルで繰り広げられたネット世論操作vsファクトチェック
ブラジルでは人口2億1千万人に対しスマホは3億1千万台(アクティブなもの)もあり、有権者の66%がWhatsAppを使っている。テレビもいまだによく観られており、90%のブラジル人が情報収集のためにテレビを観ている。対して新聞を読んでいるのはたった3%に過ぎない。
近年WhatsAppは情報収集の手段として存在感を増しているが、通常のメディアは収益が得られないのでWhatsAppには情報を出さない。このギャップがネット世論操作の温床を産んだ。
WhatsAppの外のサイトにアクセスするにはカネがかかる(おそらくデータ量課金)が、WhatsApp内部なら無料で済むから、どうしてもそちらをよく見るようになるという背景もある。
WhatsAppの公開グループはピラミッド型になっていることが多く、受信した者が自分のネットワークに拡散して広げることで莫大な数の利用者に到達できる。
このレポートではネット世論操作に対する各機関の対応もまとめている。それによればブラジルの選挙関係者は2016年の段階でフェイクニュース対策の体制を構築した。
まず、
ネット上での選挙活動についてのルールを定めた。選挙に関する投稿内容はどの候補者もしくは政党に関係しているかを明示しなければいけないことになっており、告知を拡散することができるのは候補者自身、政党、政党の公的な代表者のみと制約を課せられた。
最高選挙裁判所(TSE)は選挙に先立って法執行機関や専門家を集めてフェイクニュース対策を決めたが、この対策はフェイクニュースの明確な分別ができなかったため、功を奏しなかった。ファクトチェックを行っていた人々からもその基準の曖昧さについてクレームが寄せられた。また、選挙期間中に特定の候補者に結びついたフェイクニュースを排除した情報を公開すると他の候補者の利益になることから、なにをどこまで情報公開可能であるかの線引きも定かではなかった。
SNS事業者も選挙前から準備を始めていた。フェイスブックは地元のAos FatosやLupaといったファクトチェック組織と提携しフェイスブック上のフェイクニュースを発見しようとした。WhatsAppは「転送」というラベルをつけることで元の投稿者と転送者の区別がつくようにし、同時にシェアできる数を大幅に減らした。またファクトチェック組織ComprovsとENosと提携し、数万のアカウントを使用停止にした。
選挙期間中、少なくとも3つのファクトチェック組織がWhatsAppと提携していた。Aos Factos、ChecaZap、O Poder de Elgerだ。これらの組織はWhatsApp経由で利用者から怪しい情報の報告をもらい、確認していた。
24のメディアが参加しているファクトチェック組織のComprovaは国際的なファクトチェック組織FirstDraftとも提携してファクトチェックを行った。
ブラジルの大手メディアグループGloboは「Fato ou Fake」というグループの内の全メディアが参加するファクトチェックプロジェクトを行った。
これらのファクトチェック組織は投票日前の48時間共同して50の問題となる投稿を排除した。並行してツイッターとフェイスブックメッセンジャーで「Fatima bot」を稼働させ、発見した問題投稿の情報を共有した。しかしこうした努力にもかかわらず数々の問題が立ち塞がった。まずファクトチェックした結果を広く知らしめることができなかった。多くのファクトチェック組織はWhatsAppで報告された問題となる投稿がフェイクニュースと断定されても、それをWhatsAppで共有せずにウェブサイトや他のSNSで共有したため、WhatsAppを主に使っている多くの利用者には届かなかった。また、フェイクニュースと断定しても、まだそれを見たことのない利用者に知らせることには危険が伴うという問題もあった。
市民組織と研究機関はフェイスブック、ツイッター、WhatsAppを監視する仕組みを構築したり、調査したりしていたが、これらは常に法的な境界線や表現の自由との兼ね合いのバランスが議論の的となった。
結果として極論主義者でネット世論操作を活発に行っていた極右大統領ボルソナロが勝利し、極右過激派の活動はさらに活発になっている。ブラジルは2020年に5千以上の地方選挙を控えている。再びネット世論操作が行われる可能性は高い。それまでに体制を整えることができるかが重要となる。
ブラジルで行われたネット世論操作の詳細については、
『ブラジルの極右大統領、ボルソナロ勝利の影にもあった、「ネット世論操作」』を参照いただければ幸いある。