シリアで拘束された安田純平氏の体験は“宝の山”。今後、ここからさまざまなものが見えてくる

誰が安田氏を拘束していたのか? 現場には多数のヒントが……

縮小:妻へ16年1月19日メッセージ

2016年1月19日、安田氏が妻にあてたメッセージ

 2015年6月22日夜に国境を越えてトルコからシリアに入国するなり、何者かによって拘束。それ以降、何か所か場所を移動して2018年10月23日に安田氏は解放された。  この間の話を、筆者は会員制のニュースサイト「My News Japan」でインタビューした。これだけSNSなどが発達して世界中の情報が集まる現代でも、現地に行かなければわからないことがたくさんあるのだと、いまさらながら実感した。  監禁された中でもっとも過酷だったのは、拉致されてちょうど1年が過ぎた2016年7月、地上5階地下1階くらいの大規模な収容所に移送されてから、2018年3月末に別の収容施設に移されるまでの期間だ。  収容所内には何種類かの部屋(独房)があったが、幅1メートル奥行き2メートルくらいの独房に押し込められた。  このときに安田氏が見聞きしたものの中には、かなりの情報が含まれている。詳しくは前述のブックレットや講演、あるいは今後の著作にゆずる。  そこで、安田氏がこれまで話したことからキーワードを羅列してみる。 ●拘束されていたのは、比較的トルコに近い地域 ●ウイグル人コミュニティがある地域に、ロの字型収容施設 ●ロの字施設は、古代ローマ遺跡の北側に位置 ●地上5階地下1階ほどの収容所を運営できる力を持つ武装勢力 ●巨大収容所の所在地は「ジャバル・ザウィーヤ」 ●反政府世俗組織「自由シリア軍」と一定程度の関係がある組織 ●武装組織は一貫して「殺すことはない」と言い続けていた ●囚人の民族や国籍は、シリア、パキスタン、ヨルダン、アフガニスタン、エジプト、イラン ●関係者(囚人を含む)の所属武装勢力は、シリア軍(アサド政府軍)、ヌスラ戦線、アハラル・シャム、イスラム国、トルキスタン部隊
トリム:地球の歩き方

安田氏が拘束中に持っていたトルコのガイドブック。ウイグル人の囚人がこれを見て大いに反応したというエピソードも『シリア拘束 安田純平の40か月』には出てくる

『シリア拘束 安田純平の40か月』を読んだ感想として「なあんだ、記者会見を文字化しただけじゃないか」(趣旨)という投稿を、筆者はインターネット上で見つけた。  情報を得る側の人間に知識や広い見識・感受性がなければ、情報は“ゴミの山”だ。しかし、一見とるに足らない小さな事実やささいな情報でも、見る人が見れば“宝の山”である。  40か月間の拘束期間中に安田氏が見聞きした小さな事実の断片をジグソーパズルのように組み立てていけば、今後さまざまなものが見えてくる可能性があるのではないだろうか。
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精神的な拷問のキツさ
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【安田純平氏、帰国後初の講演会】
「シリアから生還した安田純平氏が語る 1×1.5mの独房で息遣いも許されぬ監禁生活――『スラムダンク』『地球の歩き方』に救われた日々」
講師:安田純平/日時:12月15日(土)14:00~16:45/場所:雑司ヶ谷地域文化創造館第2会議室/資料代:500円/主催:草の実アカデミー
http://kusanomi.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/115-14bd.html#more

シリア拘束 安田純平の40か月

2015年6月に取材のためシリアに入国し、武装勢力に40か月間拘束され2018年10月に解放されたフリージャーナリスト・安田純平。帰国後の11月2日、日本記者クラブ2時間40分にわたる会見を行い、拘束から解放までの体験を事細かに語った。その会見と質疑応答を全文収録。また、本人によるキーワード解説を加え、年表や地図、写真なども加え、さらにわかりやすく説明。巻末の独占インタビューでは、会見後に沸き起こった疑問点にも答える