あるムエタイ少年の死が浮き彫りにするタイ社会の問題

複雑なムエタイの「賭け」システム

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リングサイドは席料が高いため、賭けをする人は画像奥の上の方の席に集まっている

 ムエタイ、闘鶏、闘魚はほぼ同じ賭け方で胴元がいない。よく外国人がムエタイで賭けをしてみたいと言うが、まず無理だ。倍率の組み合わせがいくつかあり、まずはそれを憶える必要がある。そして、それに従った手の形があり、角度や振り方で意味合いが変わる。さらに、そこに金額を提示が加わえ、1対1でその賭けに乗ってくれる人を探す。  観客席を見ると、3階の一番安い席に陣取るタイ人の中年男性らが手を挙げている。彼らは自分が賭けたい倍率と金額をオファーしているのだ。それを見た別の観客がそれに乗る場合、アイコンタクトと手の形で応じて賭けが成立する。  おもしろいのはここからだ。当然、試合の行方でオファーは出した、あるいは乗ったが負けてしまいそうになる。そのときは反対の方に賭けてできるだけ損失を軽減させるようにする。つまり、金融取引の反対売買と同じことをする。ムエタイ・ギャンブルは経験値が必要なのである。  財テク並みに頭を使って賭けるが、ときに大負けしてしまって現金がないということもある。この場合に待っているのは壮絶な罰ゲームだ。  なにをされるかはそのとき次第だが、救急車を呼ばれなければラッキーと思いたい。警察や軍の警備が会場には立っているが、もしリンチが起こった場合、終了後に捕まえるのは暴行を受けた方だ。事務所に連れていかれ、顔写真を撮られ、賭け金を払わずに逃げた嘘つきとして会場に写真と名前を貼り出される。  だから、彼らもこういったことが起こらないよう、できるだけ顔見知りとしか賭けをしない。だから、なおのこと外国人はこの賭け事の仲間に入れてはもらえないのである。

大番狂わせが少ない理由は「暴動」リスク

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リングサイドのボックスに副審が座っているのが見えるが……

 ギャンブルをする人たちは欲望に正直なので、血の気が多い人が少なくない。そして、この性質が試合にも影響を及ぼす。日本で格闘技ジムを経営する日本人が言う。 「ムエタイも好きで、タイに来たら必ず見に来ます。一応私もプロですから、試合を見ていればどちらが何ポイント取っているかは大体わかります。でも、タイのムエタイはポイントと結果が違うことが多いです」  20年近く観ているが、いまだにタイのポイント制がわからないとその人は言った。その答えはタイのムエタイに精通した、日本人アマチュア格闘家が教えてくれた。彼はタイ生活の経験があり、タイ語が話せる。彼がムエタイ関係のタイ人に聞いてきたのだ。 「よほどのことがない限り、タイのムエタイでは逆転ノックアウトなどはありません。というよりは、試合編成の段階でそういったことが起こらないように気をつけながら組み合わせを決めています。大逆転があると、それこそ賭けをしている人たちも大勢が損をして、勝つ人よりも負ける人が多ければ暴動にもなります」  だから、副審は試合の後半、場合によっては試合ではなく観客席を見ているのだという。賭けのトレンドを確認し、暴動が起こらない範囲で勝ち負けを決定するためにポイントを与えるのだ。これではいくら試合を観ていても、正当な判定を見極めることはできまい。
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国技ムエタイの闇
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