必要以上に儲けないための「お客様の回転率を下げる」方法が生み出した居心地のいい空間

話下手や人見知りの人にとっても長居のできる空間に

ゴスペルやブルース

奴隷としてアメリカに連れてこられた人たちが、すべての音楽のルーツとなるゴスペルやブルースやジャズを生み出していった

「たまTSUKI」には所々に本が置いてある。浮き足立った流行本など置かない。軸があり、世の中の真実を綴ってある本だけを陳列していた。一人で来た人は、俺や他のお客さんと会話が始まるまで、それらの本を手にとって眺めていればいい。読書しながらバーで時を過ごすなんて、粋じゃないか。  流す音楽も居心地のいいものにしていたつもりだ。しかし、ヒーリングミュージックを流していたわけではない。ロック、ブルース、レゲエ、ジャパニーズポップス、ジャズ、フュージョン、民族音楽などさまざま。  一つだけ心がけていたのは、コンピューターミュージックや打ち込み音楽は流さないということ。それらの音楽がダメだということではない。オーガニックで、木調の内装で、間接照明で、そんな店に機械仕掛けの音は合わない。人間が叩くリズム、人間が弾く鍵盤や弦、人間が奏でる声でないと落ち着かないものだ。 「音楽のセンスがいいですね。なぜか落ち着きます」とか、「そんなマニアックなミュージシャンの曲を聴くんだ~」とか、「歌詞を聴いていて涙が溢れてきました、誰の曲ですか?」とか、音楽についての言葉を多々いただいた。  俺が選ぶ音楽を聴きに来てくれている人もいた。お客さんの会話を聞いていてそれにふさわしい曲やジャンルに何気なく変えたり、時にはプロジェクターで本物志向のライブ演奏を映像で流したり。  沖縄出身の人がいたら三線音楽を、北海道の人ならトンコリ音楽を、ハワイ好きにはウクレレミュージックを、という風に。一人で初来店のお客さんに「お好きなジャンルやミュージシャンは?」と聞いて、答えに準じた音楽を流し、会話のキッカケにすることも多々あった。

店の所々に置かれているセッションプレーヤーたちの表情は豊か。ありのままの自己表現をして生きればいい、とオブジェが語りかけてくる

 話し下手や人見知りの人はたいてい、本を眺めながら、音楽を聴きながら、他のお客さんの会話や、俺とお客さんの会話を聞いている。「それが面白いから、学びになるから、長居してしまう」という人もたくさんいた。  カウンターの中から、静かに座っているこのお客さんが何に反応するのかを何気なく見ている。手に取った本、反応する音楽や歌詞、他のお客さんの会話の何にそば耳を立てているのか。それを手がかりに、折を見て俺から会話を始める。  長居したくなる空間で、長居できる言い訳を用意しておいてあげる。だから来店者がなかなか帰らない店だった。こんな店だとは知らずに一見さんで入ってきて「自分の肌には合わない」とわかって、1杯だけ飲んで10分で帰る人もわずかではあるがいた。合わないお客さんを追う必要はない。  こうした工夫を重ねて、俺は「お客様の回転率を下げる」ことを実現してきたのだった。そして、見越していた通り、回転率を下げても売上は減らず、再来店率は高まり、顧客単価は上がり、粗利率も上がった。少売厚利を実現し、労働時間は減らせたのである。  右肩上がりを目指さずしても、ほどほどの収入と余暇と幸福感を得られるビジネスは可能だ。 【たまTSUKI物語 第9回】 <文/髙坂勝 写真/倉田爽> 1970年生まれ。30歳で大手企業を退社、1人で営む小さなオーガニックバーを開店。今年3月に閉店し、現在は千葉県匝瑳市で「脱会社・脱消費・脱東京」をテーマに、さまざまな試みを行っている。著書に『次の時代を、先に生きる~まだ成長しなければ、ダメだと思っている君へ』(ワニブックス)など
30歳で脱サラ。国内国外をさすらったのち、池袋の片隅で1人営むOrganic Bar「たまにはTSUKIでも眺めましょ」(通称:たまTSUKI) を週4営業、世間からは「退職者量産Bar」と呼ばれる。休みの日には千葉県匝瑳市で NPO「SOSA PROJECT」を創設して米作りや移住斡旋など地域おこしに取り組む。Barはオリンピックを前に15年目に「卒」業。現在は匝瑳市から「ナリワイ」「半農半X」「脱会社・脱消費・脱東京」「脱・経済成長」をテーマに活動する。(株)Re代表、関東学院経済学部非常勤講師、著書に『次の時代を先に生きる』『減速して自由に生きる』(ともにちくま文庫)など。
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