必要以上に儲けないための「お客様の回転率を下げる」方法が生み出した居心地のいい空間

お客さん同士をつなぐことで生まれるもの

TSUKIを眺める3

金銭授受のトレイもお月さん

「お客さん同士をつなぐ」というのは、むやみに他のお客さんを紹介しまくるというわけではなく、何気な~く出会わせるのだ。あるお客さんが俺に醸しているヒント(ちょっと交わした会話、風貌、雰囲気、店内で興味を示す視線、他のお客さん同士の会話への反応、など)を手掛かりに、別の席に座っているお客さんとの共通項を双方にサラッと伝え、忙しい合間でも会話のキッカケを投げかける。  つなぐための共通項は、出身地でも、年齢でも、悩みでも、問題意識でも、癖でも、業界でも、趣味でも、夢でも、なんでもいい。互いに興味を引きそうなネタを振ってあげればいいだけ。例えば、会津出身のヤツと鹿児島や山口出身のヤツがいたら「薩長と会津で犬猿の仲だよ。ここで仲良くケンカして、薩長をやっつけちまえ。150年前の恨み辛みの決着をつけてくれよ!」と弱者の視点に立って面白おかしくつなぐ。  あるいは「米作りしたいけど自信がない」というヤツがいたら「あっちに田んぼやっているヤツがいるよ、去年始めたばかり。あんな呑んべえでも初心者で米を作れたんだから、君だって大丈夫さ」と常連をイジリながら新参者に勇気と安心感を届ける。  失恋したという女性が来たとしら「あちらの女性も、失恋どころか離婚したばっかりだよ。傷舐め合ってきなよ。あ、こっちのカウンターに年ごろの独身男子もいるよ、イケメンとはいかないけどね~。あ、同性がお好きならこっちに素敵な女性もいるし」なんて、恋愛の自由さや性的マイノリティーへの許容性を示してメチャ振りしてしまう。 「会社を辞めたい」と悩むヤツには他の席を指して「あいつは◯◯辞めて失業保険で未来模索中さ。あいつは鬱で休職中。あっちの彼女は脱サラして◯◯なナリワイを興したんだよ。こっちのファミリーは田舎に移住して◯◯や◯◯して暮らしている。収入なんて◯円だけど、なんだか楽しそうに暮らしているんだ。ほら、緩んだ顔見りゃわかるでしょ」など、同じ苦しみを持っている人や、生き方を変えた人を目の前に見せる。  ネタは何でもいいわけだ。しかしどちらかというと、ネガティブな側面でつないであげる。この社会では、誰もが背伸びしたり仮面をかぶったりして生きなければならない。だからこそ「たまTSUKI」では素の部分をさらけ出してもらいたいと思うからだ。  人間はダメな部分があっていい。弱くていい。凸凹があっていい。ネガティブやマイナスの部分を受け入れてもらえることこそ、本人の承認欲求を満たしてあげられると思うのだ。素を語れるからこそ居心地のいい場所となる。常連からはこう言われたことがある。「この店では個人情報保護なんてない。身ぐるみ剥がされる(笑)」と。
ハモンドオルガン奏者のオブジェ

ブラックミュージックをリスペクトして置いた、ファンキーなハモンドオルガン奏者の陶器オブジェ

 てなことで、初対面同士でもいつの間にやら和気あいあいとなり、自己紹介、相談、身の上話……と花が咲く。そのうちお客さん同士が椅子から椅子へと移動を始め、店内に居合わせるいろんな面々が語り合って、なんとなく居心地が良くなる、というカラクリだ。  俺への「話を聞いてほしい」という必要性も減り、俺も他のお客さんと話せたり、注文料理に集中できたりする。料理を出し終えたらカウンター内から皆を見回して、他人同士が仲良く笑いあっている様子をうかがって、自分の乾いた喉にご褒美のビールを注ぐ。「ナリワイって愉快だな~、幸せだな~」と心に染み渡る。  タマツキに行けば、この世の中のオカシサも、自分の悩みも、未来ビジョンも、誰かと語り合えて、同志を見つけられたり傷を舐めあったりできる。その安心感が求心力となり、口コミで店の宣伝にもなる。ぐるなびや食べログ、広告など必要ない。「ワタシはココに居ていいんだよね」という安心の居心地を作ってあげればいいのだ。
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人見知りでも長居できる空間に
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