9月16日に
菅義偉氏が内閣総理大臣に就任し、菅政権が発足した。官房長官には、
加藤勝信氏が就任した。
筆者は加藤氏が厚生労働大臣であった2018年に、働き方改革関連法案の国会審議において、意図的な論点ずらしをおこなう「
ご飯論法」をはじめとした加藤氏の、誠実そうに見えながら不誠実な答弁ぶりを何度も見てきたので、その手法を改めて下記にまとめ、官房長官記者会見に臨む記者の皆さんに注意を促した。
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誤認を誘う加藤勝信官房長官の答弁手法。その「傾向と対策」(ハーバー・ビジネス・オンライン 2020年9月21日)
この記事では、
(1)柔らかな語り口と、相手の意に寄り添って見せる姿勢
(2)極端な仮定を置いて否定してみせる
(3)不都合な事実を隠す「ご飯論法」
(4)誤認を誘う指示代名詞
を指摘した。
予想通り、官房長官としても加藤氏は質問に対してはぐらかすような答弁を繰り返している。そのような加藤官房長官に対しては、はぐらかしに惑わされない論理的な質疑で臨んでほしい。その点で、
東京新聞の村上一樹記者の質問は光っている。下記では、日本学術会議の任命拒否問題に関する村上記者の質疑を取り上げた。
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政府の「お決まり答弁」を生み出す、記者の質問方法の問題点。なぜ論点を明示して質問しないのか?(ハーバー・ビジネス・オンライン 2020年11月21日)
さらに下記の記事でも、5人以上の会食をおこなったことについての、菅首相の「国民の誤解を招くという意味においては、真摯に反省をいたしております」という反省の「そぶり」だけのぶらさがり会見について、村上一樹記者は加藤官房長官に対し、「国民が誤解をしたとしたらという、その『国民の誤解』というのは、どういう意味だったんでしょうか」と食い下がって重ねて質問し、「そこに留意するよりも」と、「国民の誤解」の説明から逃げようとする加藤官房長官の姿勢を可視化させている。
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「誤解を招いた」という「反省そぶり」を看過してはいけない (ハーバー・ビジネス・オンライン 2020年12月20日)
他方で
朝日新聞は、上記の記事で紹介したように、菅首相の「
反省の弁」を初報で「首相『真摯に反省』 5人以上の会食『距離は十分』説明」との見出しで伝えており、
菅首相の「ご飯論法」を見抜けなかったかのかと疑問が残る書きぶりだった。
4.菅首相が番記者と完全オフレコのパンケーキ懇談会を開催
菅首相は就任早々の10月3日に、報道各社の
首相番記者と有名パンケーキ店で完全オフレコの懇談会を行い、10月13日には各社のキャップとの間で、これも完全オフレコの懇談会をホテルでおこなった。
このようなオフレコの懇談会については、「桜を見る会」について安倍晋三首相(当時)への追及が続いていた2019年にも問題となり、同年11月20日のキャップ懇と同年12月17日の番記者懇に毎日新聞が欠席してその旨をツイートしたことがツイッター上で支持を集めていた。
しかし、今回は、毎日新聞はどちらにも出席し、朝日新聞は10月3日の番記者懇には欠席したが、10月13日のキャップ懇には出席した。
なぜそのような判断になるのかを検討したのが、下記の記事だ。
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繰り返される「オフレコ懇談会」、既存される「知る権利」。問うべき権力者と報道機関の距離感。(2020年11月17日)
記事でも紹介したように、朝日新聞も毎日新聞も、なぜ出席を決めたのかの説明を記事でおこなっている。しかし、「状況に応じて判断」「バンランスには常に留意」など、その
判断基準は読者の立場からは判然としない。
筆者は、
完全オフレコの懇談会への参加を官邸側が求めることは、各社が恭順の意を示すか否かの「踏み絵」になっているのではないかと考えた。そして、菅首相が首相就任時の9月16日以来、公式な記者会見を開いておらず、日本学術会議の任命拒否問題など、説明すべきことを説明していない中で、グループインタビューに菅首相が応じるからといってオフレコの懇談会に報道機関が参加を決めることは、
市民の「知る権利」を奪うものだと考えた。そのようなインタビューでは、
首相官邸のホームページに映像記録も残らないからだ。
市民が関心を持つほどには、記者クラブ所属の記者は、公式な記者会見の場を重視していないように見える。それよりも、オフレコの場で取材対象者に近づき、本音に迫ることを重視しているように見える。
しかし、
今現在の問題について詳しく説明責任を求め、深い追及に対して相手がどう記者会見の場で答えるかを広く市民に可視化させることの方が、優先されるべきではないか。下記の記事には、そのような問題意識も記した。
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記者と政治家の距離感はどうあるべきなのか? 特ダネと市民生活を守る報道の狭間で(ハーバー・ビジネス・オンライン 2020年11月19日)