政治と報道をめぐる2020年の論点。2021年、私たちが注視し続けるべきもの

5.共同通信が学術会議問題に関し、「反政府運動を懸念」と見出しに

 筆者は11月17日から「政治と報道」をめぐる全11回の短期集中連載をおこなったが、それをおこなう動機となったのが「官邸、反政府運動を懸念し6人の任命拒否」という11月8日の共同通信の記事の見出しだ。  日本学術会議が推薦した105人の会員候補者のうち6人について、菅首相が説明もなしに任命を拒否していたことは、10月1日のしんぶん赤旗1面トップで明らかとなり、10月5日と10月9日におこなわれた報道各社による菅首相へのグループインタビューでも、また10月26日に開会した臨時国会でも、繰り返し問われたが、菅首相も閣僚もまともな説明をおこなわず、逆に日本学術会議に対し、「国民に理解される存在でなければならない」と圧力を強めていた。  その中で、予算委員会が11月6日に閉じたタイミングを見計らったかのように「複数の政府関係者」が匿名で語った内容を記事にしたのがこの共同通信の記事だ。 “首相官邸が日本学術会議の会員任命拒否問題で、会員候補6人が安全保障政策などを巡る政府方針への反対運動を先導する事態を懸念し、任命を見送る判断をしていたことが7日、分かった。複数の政府関係者が明らかにした。” という記事の内容は、特に目新しいものではない。政府が公式に認めていないだけで、任命拒否された6人の拒否の理由が安保法制などに対する反対の姿勢にあることは十分に予想できていた。  問題は「反政府運動」という共同通信の見出しの表記だ。「反対運動」と「反政府運動」は違う。「反政府運動」というと、武力をもって国家転覆をはかる運動のようなものが連想されてしまう。このような見出しをつけることによって、任命拒否された6人があたかも危険人物であるかのような印象を与えてしまう。  そのことに共同通信は自覚的であったのだろうか。見出しの不適切さの問題であったのか、それとも、もしかしたら官邸と歩調を合わせての世論誘導のねらいがあったのか。その点を下記の記事で考察した。 ●報道の「見出し」に潜む危険性。共同通信が使った「反政府運動」という言葉の問題点(ハーバー・ビジネス・オンライン 2020年12月16日)  共同通信には、見出しの不適切さについて公式な事後の説明を記事で求めたが、残念ながらそのような説明の動きはない。  単なる見出しのミスだったのかもしれない。しかし、報じることの重みを自覚していただきたいのだ。ネットで見出しだけを読む人には、その見出しが一定の認識を与えてしまう。そのため、当事者にとっては、深刻な「報道被害」となってしまうのだ。  その問題と重なりうる問題であるのだが、ネット記事の見出しは、一定の字数に収める制限があるためか、日本語としておかしく、意味が通らないものになっていることがある。共同通信は最近も、次のような「怖い」見出しで話題となった。 ●パンダが主食の竹、有効活用を 和歌山でシンポジウム(共同通信 2020年12月19日)  これなど、誰が見ても「竹がパンダを食べる?」と読むだろう。「字数の関係で」という言い訳は通らない。同じ字数で「パンダの主食の竹」などとすればいいだけの話だ。  このような誤読をもたらす見出しで記事が配信されてしまうのは、見出しをつけた者の問題であると共に、問題のある見出しが社内でチェックされずに配信されてしまうという社内体制の問題でもあると考える。  共同通信に限らない。意味の通らない見出し、クリックさせるための「釣り」のような見出し、世論誘導につながりかねない見出しなど、各社が読者の信頼をそこねる見出しをつけていないか、この機会に自己検証を求めたい。

6.安倍前首相が「桜を見る会」前夜祭につき費用を補填していたことを国会で認める

 年末も押し迫ってからバタバタと新展開を見せたのが「桜を見る会」の前夜祭をめぐる問題だ。東京地検特捜部が秘書らの事情聴取をおこなっていると報道がおこなわれ、安倍氏側が費用の一部を補填していた事実を認めたことが報じられたのが11月下旬のこと。  その後、東京地検特捜部は12月24日に後援会代表の公設第一秘書を略式起訴したが、安倍前首相については嫌疑不十分で不起訴処分とした。同日に東京簡易裁判所は公設第一秘書に罰金100万円を命じ、秘書は即日納付した。  安倍前首相は12月24日に議員会館で記者席を24人に絞って1時間の記者会見を実施。翌25日には衆参の議院運営委員会でそれぞれ1時間の答弁に立ったが、相変わらず明細書の確認さえもみずからおこなっていない様子で、説明責任を果たすことからは程遠い答弁を続けた。  この12月25日の国会答弁について、新聞各紙は翌朝26日の紙面で大きく伝えたが、この国会答弁が過去の答弁を「訂正する発言を行わせて頂きたい」との安倍前首相の申し出によっておこなわれたという位置づけをはっきりと報じなかった問題を取り上げたのが下記の記事だ。 ●安倍前総理は国会で答弁を「訂正」するはずではなかったのか?(ハーバー・ビジネス・オンライン 2020年12月28日)  位置づけをはっきりさせていれば、冒頭発言で安倍前首相が「これらの答弁の中には、事実に反するものがございました」としか語らず、費用の補填の事実以外の事実を語らなかったことから、答弁を適正に訂正したいとの意思がなく、説明をおこなったという体裁だけを整えたいという思惑があったことを可視化できたはずだった。  しかし、議院運営委員会に「出席」し「答弁」した、とだけ伝えてしまうと、答弁を終えて出てきた安倍前首相が「説明責任を果たした」と語ったことに、もっともらしさを与えてしまうことになる。「予算委員会における証人喚問が必要」とする野党側の主張も、単なる「見解の対立」のように見えてしまうのだ。  政治と報道をめぐる短期集中連載で国会を「対戦ゲーム」のように報じてしまうことの弊害を論じたが(第7回第8回)、政治を監視することと共に政治報道の注視も、今後とも続けた方がよさそうだ。 <文/上西充子>
Twitter ID:@mu0283 うえにしみつこ●法政大学キャリアデザイン学部教授。共著に『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)など。働き方改革関連法案について活発な発言を行い、「国会パブリックビューイング」代表として、国会審議を可視化する活動を行っている。また、『日本を壊した安倍政権』に共著者として参加、『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』の解説、脚注を執筆している(ともに扶桑社)。単著『呪いの言葉の解きかた』(晶文社)、『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』(集英社クリエイティブ)ともに好評発売中。本サイト連載をまとめた新書『政治と報道 報道不信の根源』(扶桑社新書)も好評発売中
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