繰り返される「オフレコ懇談会」、毀損される「知る権利」。問うべき権力者と報道機関の距離感

菅総理

時事通信社

権力と報道機関の距離感

 権力者と報道機関の距離感が、改めて問われるべき局面にきている。権力者の言葉をそのまま伝えたときに、それが権力者にとって都合のよい世論誘導につながる危険性が、今回のアメリカ大統領選挙では大きく表面化した。  日本でも、日本学術会議に推薦された6名の学者の任命拒否問題について、政府与党は学術会議の在り方へと、批判の矛先をそらそうとしており、その作戦はある程度、功を奏しつつある。  そういった問題を考えていくためにも、その前段として今回の記事では、菅首相が就任後まもない10月3日におこなった首相番記者とのパンケーキ店での懇談会、そして現場の記者を束ねる各社のキャップとの間で10月13日にホテルでおこなわれた懇談会の問題を、振り返っておきたい。

参加・不参加の判断の分かれ目は

 完全オフレコで首相側からの呼びかけで行われたこの2つの非公式の懇談会について、朝日新聞は10月3日の番記者懇は欠席し、10月13日のキャップ懇は出席した。毎日新聞はどちらにも出席した。  毎日新聞は、桜を見る会について安倍晋三首相(当時)への追及が続いていた2019年11月20日のキャップ懇と同年12月17日の番記者懇には欠席しており、そのことをツイートで公表していた。それらの懇談会がどういうタイミングでおこなわれ、安倍首相と記者とのどういう駆け引きの末のものであったかは、毎日新聞「桜を見る会」取材班による『汚れた桜』(毎日新聞出版、2020年)に詳しく記されている。  菅首相は就任時の9月16日に記者会見を開いたが、その後、10月1日にしんぶん赤旗の報道によって日本学術会議から推薦された105名の学者のうち6名の任命が拒否された問題が明るみに出ても記者会見を開かず、官邸エントランスでの「ぶらさがり」会見にも応じていなかった。そんな中で、なぜ完全オフレコの懇談会に記者らは参加したのか。批判の目がある中で両紙はどう釈明したかを振り返ってみたい。  朝日新聞はキャップ懇がおこなわれた10月13日の夜にデジタル記事を配信している。坂尻顕吾政治部長の署名入りだ。 ●朝日新聞記者、首相懇談会に出席 内閣記者会向けに開催(朝日新聞デジタル2020年10月13日)  10月13日のキャップ懇に出席したことを記し、「首相に取材をする機会があれば、できる限り、その機会をとらえて取材を尽くすべきだと考えています。対面して話し、直接質問を投げかけることで、そこから報じるべきものもあると考えるためです」と記した。  そのうえで、「参加するかどうかはその都度、状況に応じて判断しています」として、10月3日の番記者懇には出席を見送ったことを述べ、「日本学術会議をめぐる問題で当時、菅首相自身による説明がほとんどなされていなかったためです」とした。  「その後、首相から一定の説明はありましたが、朝日新聞は首相による会見の開催を求めています」と記事は続くため、10月3日は欠席したのに10月13日は出席したのは、菅首相から「一定の説明」があったため、と読める。しかし、「首相に取材をする機会があれば、できる限り、その機会をとらえて取材を尽くすべきだ」と考えているのなら、なぜ3日は欠席したのか。論理的に整合する説明はない。  毎日新聞も10月13日夜にデジタル記事を配信している。こちらは朝日新聞の記事より長い記事で、政治部による解説記事に続き、高塚保・編集編成局次長兼政治部長の署名入りの約300字の見解、そして懇談会出席に肯定的な声として、社会活動家の湯浅誠・東大特任教授と、批判的な声として筆者(「国会パブリックビューイング」に取り組む上西充子法政大教授)のそれぞれ800字弱のコメントが掲載された。 ●懇談の出欠どう判断 首相取材あり方問う声(デジタル毎日2020年10月13日)  10月3日の番記者懇と10月13日のキャップ懇に出席したのは、10月3日の番記者懇の時点で、毎日新聞などが求めたグループインタビューに菅首相が応じることが決まっていたからだという。グループインタビューは10月5日に読売新聞・日本経済新聞・北海道新聞との間で、10月9日には朝日新聞・毎日新聞・時事通信との間でおこなわれた(それぞれ、文字起こしは下記を参照)。 ●菅義偉首相 第1回グループインタビューにおける日本学術会議をめぐる質疑応答文字起こし(2020年10月5日)|上西充子菅義偉首相 第2回グループインタビューにおける日本学術会議をめぐる質疑応答文字起こし(2020年10月9日)|上西充子【全文書き起こし】2020年10月9日菅総理グループインタビュー(毎日・朝日・時事)|望月優大  10月13日の上記の毎日新聞の記事で高塚保政治部長は、「権力取材においては、記者会見など公式な場での説明を求めていくと同時に、さまざまな機会を通じて情報を集めることが、物事の真相に迫る過程においては欠かせないと考えます」と、先に紹介した朝日新聞と同様の見解を示している。  そのうえで、「ただし、首相が記者会見やインタビューに応じず、公式な場で説明することを拒む状況下では、非公式な懇談が優先されることは望ましくなく、そのバランスには常に留意しています」と述べる。  朝日新聞の見解も毎日新聞の見解も、機会があれば情報を集め、取材を尽くすという姿勢を前面に出す点で共通している。しかし、「だからオフレコの懇談会にも参加するのは当然」とは語らない。「状況に応じて判断」「バランスには常に留意」と、はっきりしない言葉で留保をつける。いったい「状況」「バランス」とは何なのか。  10月3日の番記者懇に欠席した京都新聞は、記者の逡巡を記事として10月9日に掲載した。 ●物議醸す首相懇談会、欠席した理由 悩んだ記者の思いと葛藤(京都新聞2020年10月9日)  この記事で記者は、「記者は取材先に食い込んでネタを取るものと教わってきた。まして本音と建前が交錯する永田町。対象に肉薄しなければとの『本能』がうずく」としつつ、「権力との癒着を疑われる行為に自覚的になり、取材プロセスを可視化しないと、メディア不信はさらに深まると思う」と記していた。  どれもだいたい論調は似ている。取材の機会があればそれは捉えたい。一方でメディアと権力との癒着を疑われる中で、記者会見を開かない菅首相との「完全オフレコ」の懇談会に参加することには読者の理解は得られにくい。――そういった論調だ。しかし、問題は読者の無理解なのだろうか。そこでは都合よく別の事情が省略されているように思える。それは、記者側と官邸側の力関係の問題だ。
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官邸と記者側の力関係はフラットではない
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