政府の「お決まり答弁」を生み出す、記者の質問方法の問題点。なぜ論点を明示して質問しないのか?

加藤勝信官房長官

ご飯論法の「達人」、加藤勝信官房長官(時事通信社)

「国民の間にわかりづらいという声がある」

 記者会見やインタビューの場での記者の質問の言葉遣いで、気になるものがある。「国民の間にわかりづらいという声がある」や「……という指摘がありますが、受けとめを」といった問いかけ方だ。 「追及型の質問をするとかえって相手の態度を硬化させ、何も答えてもらえなくなる。だから、批判的な姿勢ではなく、できるだけやわらかい形で問いを投げかけて、自由に答えてもらう方が得られる情報が多い」といった判断がそこにはあるかもしれない。けれども同時に、「追及型の記者だと目を付けられるのは困る」という事情もあるように思われる。しかし、それでいいのだろうか。  今回の記事では、「わかりづらいという声がある」という問いかけ方の問題を、事例から考えてみたい。このような問いかけ方は、論点をぼやけさせる問題があると同時に、理解できない国民の側に問題があるかのような誤解を生むと考えるからだ。

理解できない国民の側の問題か?

   適切に説明責任を果たさない政府の側に問題があるときに、「国民の間に分かりづらいとの声がある」という問いかけをおこなうと、理解できない国民の側に問題があるかのような問い方となり、「これからも丁寧に説明していきたい」といったお決まりの答弁に回収されてしまう。そして、何が論点であるかがやり取りの中ではっきりしないままとなり、その論点について政府側が適切に答えていないことが見る者に可視化されないままとなる。  例えば10月9日の非公式のグループインタビュー(望月優大氏のnoteによれば、毎日新聞・朝日新聞・時事通信によるものとされている)では、日本学術会議問題について、次のようなやりとりがあった。映像からの書き起こしは筆者による(参照:筆者のnote)。映像のタイムスタンプはTBS映像によっている。 ********* ●記者(TBS映像5:58~) 時事通信のオオツカです。引き続き、学術会議について伺います。学術会議側は、6人の任命を見送ったことについて、説明を求めています。総理自身が梶田会長とお会いし、直接説明される考えはありますでしょうか? ●菅義偉首相 今、あの……申し上げましたけど、日本学術会議については、まあ、省庁再編の際にですね、そもそも必要性を含めてそのあり方について、相当のこれ、議論が行われた経緯があります。その結果として、総合的、俯瞰的な活動を求める、まあ、そういうことになった経緯です。 さらに、この総合的、俯瞰的活動を確保する観点から、日本学術会議にその役割を果たしていただくために、まあ、ふさわしいと判断をされる方を、まあ、任命を、してきました。 こうしたことを今後もですね、まずは丁寧に説明していきたいというふうに思います。 また、梶田会長とはですね、日頃から、これ、事務局との間でコミュニケーション、これ、とっているというふうに思いますが、会長がお会いになりたいということであれば、私はお会いをさせていただく用意というのは、もっております。 ●記者(TBS映像7:24~) 今おっしゃった、その総合的、俯瞰的な活動ということなんですけれども、どうしてもなかなか国民の方々にはわかりづらい部分だと思うんですが、総理としては具体的にどのような活動を求めているということなんでしょうか? 国民にもわかりやすいような判断材料をお示しいただければと思います。 *********  時事通信の記者が6名の任命を見送ったことについて説明を求め、菅首相が「総合的、俯瞰的な活動を確保する観点から」と答えた。その点について、さらに説明を求めたのがその次の記者の問いかけだ。声の調子から判断するに、時事通信の記者とは異なる記者の発言と思われるが、通常の記者会見とは異なり、記者は名乗ってから質問を行っているわけではないため、どの社の記者の発言であるかは判然としない。  この2番目の記者は、「総合的、俯瞰的な活動」という言葉にさらに説明を求めている。しかし、その時の説明の求め方が、「どうしてもなかなか国民の方々にはわかりづらい」「国民にもわかりやすいような判断材料をお示しいただければ」というものなのだ。  これではまるで、「私は菅首相のご説明はよくわかっているんですが、どうも国民は納得していないようなんです。ここはひとつ、もう少し丁寧に説明していただけませんか」と言っているかのようだ。この記者は菅首相の説明に納得しているわけではないだろう。それなのに、なぜそのような問いかけ方をするのか。  省庁再編の際に日本学術会議に総合的、俯瞰的な活動を求めるとされたのは、あくまで日本学術会議としての活動について求められたことであって、個々の会員を任命するにあたって求められた観点ではない。 (参考)総合科学技術会議「日本学術会議の在り方について」(平成25年2月26日)p.4  また、個々の会員の任命にあたって、「総合的、俯瞰的な活動を確保する観点」から判断するものだというような法的な規定はないし、法解釈もない。日本学術会議法は第7条第2項において、「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。」と定めているのみだ。  だから、「総合的、俯瞰的な活動を確保する観点」から任命の判断をした(そして6名については任命拒否をした)という菅首相の説明は、説明にならない説明、こじつけの説明だ。  それがこじつけの説明でしかないことを報じるための判断材料を得るために関連質問をしていることはわかるが、そこで「なかなか国民の方々にはわかりづらい部分」だというような言い方を記者側がしてしまうと、まるで問題があるのは菅首相の側ではなく国民の側であるようになってしまう。それは事実を曲げたおもねった聞き方であり、適切ではない。
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繰り返される「理解できないと国民は言ってる」
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