緊急執筆! 地方新聞の一面を飾る「検査をすると患者が増える」エセ医療デマゴギーの実例

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失敗の原点〜医学の独自性

 前回までに、本邦を覆い尽くし、世界で唯一COVID-19対策に必須のPCR検査を抑制するという完全に誤った医療政策の論拠となっている「ジャパンオリジナルPCR検査抑制エセ医療・エセ科学デマゴギー」の中核として存在する根本的に誤ったベイズ推定について二回()にわたって解説してきました。  この根本的に誤ったベイズ推定は、医師個々人だけでなく、医師会、医療団体、メディアに浸透してしまい、間違いなく歴史に残る大医療不祥事を現在進行形で引き起こしています。  この誤ったベイズ推定は、自分で計算してみる、計算結果をもとに考えてみる、事実と照合してみる、文献を調べるといった科学的には当然の手順を踏めば、その日のうちにこれは根本的に誤っていると確信できるものです。  科学・工学研究者だけでなく、人文学研究者もおかしさに気がついている人が多く見られますが、これは学問としての原点が同一で、思考法、発想法が同一だからです。  ところが医学研究者、医師には、この科学的手順を極めて苦手とし、しかもそのことに気がつかない人がたいへんに多く居ます。これは仕方の無いことで、医学は科学ではなく、古典的一般的学問とも異質なもののため、医学教育は科学教育を大きく欠いているためです。  学位を見れば一目瞭然なのですが、理学・工学・人文社会学の博士学位はPh.D.= Doctor of Philosophy(直訳で哲学博士)ですが、医学と法学はそれぞれM.D.(Doctor of Medicine)であり、法学はS.J.DやJ.D.,L.L.Dなどとなります。  勿論、学問としての貴賤優劣は一切ありません。全て対等です。医学は、真理探究の学問と異なり、医学という技能体系に基づく技能学問であり、医師は極めて高度な技能者集団です。そして、現代医学は最新の科学、工学、人文学の「成果」を取り入れた技能体系なのです。勿論、医学研究者の中にも理学、工学、人文法学からの研究者がおり、優れた基礎研究をしています。筆者の同窓にも博士前期・後期課程から理学部から医学部へ移った人がけっこう居ます。制度上はこの人達もM.D.となります。  理学、工学研究者が医学論文を読むと、多くの場合、事例報告(症例報告)論文が多く、サンプル数がn=1でも成り立つことに驚くことが多いのですが、これは当たり前で、患者を二つに割って比較できないためです。一方で疫学は非常に科学に近いというより科学そのものです。  本邦の医学教育にはどうしても理学・工学や人文学には当然の科学・論理学教育が弱くなっており、今回のような歴史に残る重大不祥事を起こしやすい体質があります。一言で言えば、学生時代に覚えることが多すぎるのです。  このことを自覚している医師は基本的に良い医者で、安心できます。ちなみに科学者が医療行為を行えば、患者は大量に殺されるでしょう。科学者は、いちいち標準療法に疑問を呈し、真理探究のために我流に走り、患者をいじくり回して無用なことをして傷つけてしまいます。医学が科学ではないことは当然と言えるのです。筆者は、科学者を自称する医師にはとてもかかりたくはありません。改造されそうです。  なお繰り返しますが、それぞれの学問に貴賤優劣は何一つありません。全て対等です。そもそも理系、文系というカテゴリわけは、日本独自の悪弊です。

読者から報告された重大な問題のある記事

 前々回記事公開後、筆者へ読者から2020/07/21信濃毎日新聞一面記事について問い合わせがありました。早速、筆者は本誌編集部に問い合わせ、記事がほんとうに存在するのかを確認しましたが、一面最上段三段抜きカラー印刷囲み記事であることを確認できました。これは本体記事に付属した囲み記事で、全体は一面トップに相当します。今回は予定を変更して、この記事について検証します。  ネットでは本体記事のネット版が閲覧できます。 ●新型コロナ 妊婦にPCR検査実施へ 県、希望者に無料で2020/07/21 信濃毎日新聞 〈記事後半抜粋〉 ”PCR検査は、ウイルスに特徴的な遺伝子配列を専用の装置で繰り返しコピーして増幅し、検出。感染していないのに「陽性」と判定される場合もあり、その際は無症状でも感染症指定医療機関などに入院し、院内感染を防ぐため帝王切開を求められることもあり得るという。感染拡大を防ぐため他の感染者と同様、行動歴なども公表される。  信州大医学部保健学科の金井誠教授(59)=県産婦人科医会会長=は各医療機関向けに、検査の長所や短所を記した説明資料を準備しており「検査を受けた方が不安を解消できるのか、検査を受けることで不安が増さないか、考えてほしい」としている。”  この本体記事に並んで金井誠博士へのインタビュー形式で一問一答の囲み記事がありますが、上記の抜粋部分と合わせて事実と全く異なります。はっきり言えば、本邦独自のエセ医療・エセ科学デマゴギーに深刻に汚染されています。なお、この箇所は信濃毎日新聞のWEBには転載されていないようです。全文をご覧になりたい場合は図書館などで御覧ください。
信濃毎日新聞2020年7/21朝刊一面

信濃毎日新聞2020年7/21朝刊一面

〈囲み記事問題部分抜粋〉 ”Q:検査の精度は。 A:陰性と出た場合、99%以上の確率で感染していないです。陽性と出ても、約60%は偽陽性(本当は陰性)とされています。感染の可能性が低い集団を調べると精度が低くなる特徴があります。 Q:偽陽性かどうかを確定する方法はありますか。 A:今のところなく、陽性と出れば一律、同様に扱われます。本当は陰性なのに入院隔離されたり、帝王切開や産後の母子分離を求められる可能性があったりするのが懸念される点です。”  信州大医学部保健学科教授の金井誠博士は、事を憂慮し、博士独自の資料を”県内医療機関向けに”配付する”準備中”とのことですが、そのようなことをすれば長野県は重大なエセ医療災害に見舞われる危険性があります。善意が大勢の人を傷つけ、殺す悲劇は避けねばなりません。  この問題部分は、これまでに論じてきた誤ったベイズ推定を用いた結果産み出されたエセ医療・エセ科学デマゴギーのど真ん中です。しかも金井博士はご自身で計算された形跡がありません。典型的なエセ医療・エセ科学デマゴギーの伝搬といえます。  金井博士の論の問題箇所を要素に分けました。 1) 陰性と出た場合、99%以上の確率で感染していないです。 2) 陽性と出ても、約60%は偽陽性(本当は陰性)とされています。 3) 感染の可能性が低い集団を調べると精度が低くなる特徴があります。 4) (偽陽性と判定されたときの訂正手段は、)今のところなく、陽性と出れば一律、同様に扱われます。 5) 本当は陰性なのに入院隔離されたり、帝王切開や産後の母子分離を求められる可能性があったりするのが懸念される点です。  さて一つ一つ検証しましょう。 1) 偽陰性率 感度について  偽陰性率、感度についての言及ですが、陰性的中率が99%となる変数はこれまでにみてきた誤ったベイズ推定では珍しいものです。なお、ここで金井博士は、有効数値二桁で話していると考えられます。  陰性的中率(真の陰性者数/全陰性者数)は、PCR検査の弱点で、「検査陰性が非感染の証明にはならない」という問題があります。これは経過観察、再検査、接触者の14日間自己隔離という手法で補っているのが本邦を除く全世界です。この点には言及がなければなりません。 2)偽陽性率 特異度について  金井博士は、約60%が偽陽性者=陽性的中率を40%としています。陽性的中率(真の陽性者数/全陽性者)がたいへんに低く評価されていますが、これは特異度を現実と異なる著しく低いものと仮定していると想定され、誤りです。 3) 感染の可能性が低い集団への検査をした場合について  これは一部、金井博士の主張の通りで、とくに特異度が低い場合、罹患率が下がると精度が下がることになります。これはとくに抗体検査では注意すべきことです。ところがPCR検査は、特異度が有効数値1桁から4桁程度ならば特異度は100%ですので、この議論は無関係です。 4)偽陽性となれば救済措置はない  これは誤りです。実際にヒューマンエラーによる偽陽性は、検査体系の中で検出されて排除されます。日本と韓国では初期にこれが外に出ましたが、どちらも統計的異常が検出されて撤回されています。本来は、検査機関の中で誤り判定されて再検査となり、外には出てこないもので、この経験は両国共に学習されています。  またPCR法そのものの誤り判定が本邦では1件出ましたが、62万分の1の確率で、しかもこれは、精度のやや劣る院内迅速検査で、主治医が結果に疑いを持ち再判定、撤回となっています。  日本ではどうか分かりませんが、諸外国では検体を分割し、別組織でのダブルチェックが行われているとのことで、更に検体も一定期間保存されているとのことです。  そもそも未発症陽性は、入院でなく自己隔離か宿泊隔離で且つ、主治医や本人が疑問を持てば、再検査をすれば良いことで、この発言の意味が理解できません。PCR検査は、たいへんに安価かつ高精度であるために海外では無償でいつでも受けられますという国や地方が多くあります。 5)妊産婦の隔離について  これは妊産婦、胎児、新生児を守るために当然のことです。SARS-CoV-2におけるPCR検査では、実用上偽陽性はありませんので陽性者=感染者は医療による保護が必須です。  前提の知識、事実認識が誤っていれば、本人の意図にかかわらず結果として医療ネグレクトや医療者による患者への恫喝になるという典型例です。  なお、海外を見れば、妊産婦のCOVID-19罹患は珍しい事ではなく、母体と胎児・新生児の保護、できるだけ早期に母親へ新生児を帰す努力が全世界でなされています。むしろ胎児へSARS-CoV-2が胎盤を通して感染している可能性が臨床報告されており、世界の産婦人科では、重要課題となっています。日本には伝わっていないのでしょうか?
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「金井仮説」はいかにして出来上がったのか?
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