新型コロナの有力な自己防御策、「消毒」について化学者が考えてみた〈アルコール編〉

アルコール消毒

stux/Pixabay

チョー重要な日常の消毒

 本邦では、SARS-CoV-2(新型コロナウィルス)による感染症(COVID-19)により、とうとうお相撲さんまで犠牲になり、故シラク大統領のような熱烈な相撲愛好家が海外に多くいることもあって、BBCでも大きく世界に報じられました*。 〈*Coronavirus: Japanese sumo wrestler dies at 28 2020/05/13 BBC/日本語版〉  水際防衛にも、「日本独自のクラスタ戦略」にも完全に失敗した本邦において新型コロナウィルスは、全国津々浦々、至る所にも蔓延していると考えるべきで、感染して最悪死なないためには、個々人の感染症防御が極めて重要となります。さまざまな感染症防御に共通することは、仮に自分自身が感染者として人に移さないためにはどうするかという前提に立って考えるべきということです。  一般公衆の感染症防御で重要なのは、社会的距離戦略や、個人防護具(PPE)としての高性能不織布マスク着用日常的な手洗いなどがありますが、消毒も極めて重要です。  前々回に執筆したように、新型コロナウィルス対策には、相手がエンベロープウィルスであることから、とくに石鹸などの界面活性剤とエチルアルコール(エタノール)などの低級アルコールの効果はバツグンです。医療関係者には当然の手洗いを一般大衆にも強く推奨されている*のはこれが理由です。しかし徹底した手洗いが訓練され、職場も頻繁に手洗いすることへ最適化されている医療関係者とおなじ程度に一般市民が日常生活で手洗いをすることはまず無理です。BBCでは、手洗いの頻度を最低でも20分に一回と指定していますが、英国でのコロナ禍が激化した3月下旬以降、この手の現実を無視した記事はおおきく数を減らしています。 〈*病原体はどうやって体内に……正しく手を洗うには2020/02/29 BBC※この記事では頻度を指定していない〉  日本ではロックダウンが行われず、他人との接触も発生しやすい状態が続いていますので、病原体の持ち込み、持ち出しという感染拡大の機会は多く残った状態です。とくに問題なのは、世界的に比較しても人口当たりの検査数も検査の絶対数も共に諸外国のが 1/10〜1/100 程度と極端に少ないために無症状感染者がどこに居るか分からず、病原体との接触機会は今後も無視できないことです。この接触機会を日常生活、仕事のなかで無くさねば、常に高い感染リスクと隣り合わせで生活することとなります。この状態は、新型コロナウィルスがいつまでも撲滅できないことを意味します。ウィルスは宿主に感染できなければ増殖も変異もできずに消滅します。  そこで重要となるのが消毒です。手洗いは、消毒の重要なものの一つですが、情報が氾濫しており本稿では積極的には取りあげません。手洗いは、ごく普通の家庭用石鹸で問題なく、むしろ医療用に用いられる逆性石鹸*は、新型コロナウィルスへの有効性が合意を得られていない現状がありますので、現在進行中のコロナ禍では、普通の石鹸を使うことを強く推奨します。 〈*逆性石鹸は、陽イオン界面活性剤としての性質から、細菌やカビへの効果は高いものの界面活性剤としての力が弱く、エンベロープウィルスへの効果は劣るとされている。厚労省や経産省による報告でもコロナウィルスへの逆性石鹸の効果は通常の石鹸に比して大きく劣る〉

コロナウィルスに効果的な日常の消毒

 消毒という手法は、古くて新しいもので、医療や発酵の分野へこの概念と技術が本格的に取り入られたのは19世紀半ばであり、まだ200年経過していません。むしろ食品産業において「瓶詰」という形で40年近く先行して経験的に導入されています。  また物理的消毒として器具を煮沸する、器具を焼くという消毒法が経験的に普及したのも19世紀です。それまでは、手術に成功しても感染症で患者が死んでしまう確率が極めて高かったとされます。  化学的消毒法の普及もやはり19世紀であり、パスツールとコッホによる微生物の発見、病原菌の発見によって裏付けられています。手洗い*は、化学的消毒の一種です。 〈*手洗い 厚生労働省
コロナウイルスの外観と断面図

コロナウイルスの外観と断面図(ウイルス自体に色はない)
image via scientificanimations.com(CC BY-SA 4.0)

 コロナウィルスは、エンベロープウィルスの一種で、脂質の膜に覆われています。そのエンベロープ(包み)にスパイクタンパク質が生えており、トゲトゲに見えます。このスパイクタンパク質は、エンベロープウィルスが宿主の細胞に入り込むために必須のものです。エンベロープの膜は寄生された宿主の組織から作られています。このエンベロープの中に遺伝子(コロナウィルスの場合RNA)が入っており、このRNAを宿主の細胞に注入することで宿主に寄生し、増殖することができます。ウィルスは、生物の根本条件である増殖を自身でできないという点で、生物ではないという考えがあり、筆者はその考えをとっています。  このエンベロープは脂質でできていますので、界面活性剤(石鹸)やアルコールで極めて容易に溶けてしまいます。エンベロープが破壊されるとそのウィルスは、スパイクタンパク質も失うことで感染力を失い、最終的に破壊されます。  RNAの包みを剥いでしまえば感染しないと言うことは極めて重要で、日本を除く殆どの国で膨大に行われて、大成果と勝利をもたらしつつあるPCR (ポリメラーゼ連鎖反応) 検査の検体が安全に輸送・取り扱できる理由がここにあります*。面倒くさいことを考えずとも、コロナウィルスは、石鹸か高濃度のエタノールでエンベロープを溶かし、スパイクタンパク質も除去してしまえば感染能力を失う為、化学的消毒の効果はバツグンなのです。 〈*新型コロナウィルスのPCR検査にはBSL3(Bio Safty Level)ないしBSL4の施設が必須であるという言説がまことしやかに流れたが、これらは嘘である。現実にはBSL2の施設がBSL-3相当の手順で使われる。参照:WHOの国際的SARSリファレンスおよび確認研究施設ネットワーク:流行間期における政策と手法(抄訳) WHO 2004/01/23国立感染症研究所 感染症情報センター〉  石鹸は普通の家庭用石鹸で全く問題なく、アルコールは濃度60%以上のエタノール*であれば問題ないとされています。 〈*50%以上の濃度のエタノールでも十分な消毒能力を持つという報告があるが、揮発による濃度低下などへの安全余裕を持たせるために、厚労省の指示通りアルコール濃度60%以上という見解を筆者はとっている。参照:医薬部外品および雑貨の新型コロナウイルス (SARS-CoV-2)不活化効果について2020/04/17北里大学〉  国内に年間81万キロリットル流通しており質、量、価格全てにおいて極めて入手が容易な筈のエタノールが通常通り入手できれば、我々市民がコロナウィルスと闘うにはとても心強い武器となるのですが、前回前々回に記述しましたとおり、全く本質からかけ離れた理由で高濃度アルコールは入手困難となっています。筆者のもとには、医療関係の読者から「まだ手に入りにくくてとても困っている」という悲鳴とも言える読後感想が届いています。内閣と与党は、何をしているのでしょうか。まさか不要不急の法案でドタバタやっていたり議場でワニや小説を見ているのではと悲しくなります。  また、無敵の対コロナウィルス最終兵器と思えるアルコールにも思わぬ弱点があります。水回りでは、「効果はいまひとつだ」となってしまうのです。理由は簡単で、アルコールが水で流れる、水で薄まってしまうのです。  しかし心配ご無用。心強い味方があります。次亜塩素酸ナトリウム=キッチンハイターです。次亜塩素酸ナトリウムは、食品工業で使われており、医療現場でも極めて有力な消毒剤として使われています。  但し、次亜塩素酸ナトリウムNaClOは、強塩基性(強アルカリ性)であるため人体、とくに皮膚に有害であるだけでなくアルカリと塩素がいろいろなものを腐食させます。とくに皮膚や粘膜、そして金属は強く侵される*ために入念に拭きとる必要があります。 〈*輝かなくなったコインをピカピカにするには、薄めたハイターにコインを浸けると良い。長時間浸けるとコインが侵されるので、ピカピカになったら取り出して水で十分に洗うと良い。但し必ず予備実験をすること、金属によってはむしろ酷いことになる場合がある〉  次亜塩素酸ナトリウムについては、何をしたら危険かについては、過去の記事に詳細に記述していますのでそちら(参照12)をお読みください。医療用の薬を含め化学薬品は、我々人類の生活を清潔且つ快適で豊かにしますが、使い方を誤れば簡単に人の命を奪います。  次亜塩素酸ナトリウム(キッチンハイター)は、強アルカリ性であるために人体には使えません。一方で、エタノールは、政府における縄張りや規制の調整が遅れており、コロナ禍が始まって5ヶ月目に入った今も入手性に重大な問題を抱えています。  その為、市民にとって外出時など手洗いが難しい時に手指や触るものを消毒する手段に困ることがあります。  日本では、アルカリ電解水の副産物としての次亜塩素酸水が使われることがあり、これは弱酸性であるために皮膚についても炎症などを起こしにくいです。むしろアルカリイオン整水器メーカーによって「アストリンゼント水」として化粧水などに推奨されることもあります。  次亜塩素酸水には、当然ですが次亜塩素酸HClOが含まれており、コロナウィルス対策に期待され、実際に愛用する人も見かけます。次亜塩素酸ナトリウムも次亜塩素酸も酸化剤である次亜塩素酸イオンClO-の強い酸化力がコロナウィルスの遺伝子(RNA)をエンベロープごと破壊することが期待されており、化学者から見れば似たものです。  但し次亜塩素酸については、本当にエンベロープウィルスを破壊するのか、破壊するのならばどの程度の濃度が必要かについてまともな情報が市中にありません。結果、メーカーのカタログのみが一人歩きしており筆者は非常に不味いことだと深く憂慮しています。  この記事では、エタノール、次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸の三つの代表的な家庭向け消毒剤について解説を行います。なお本稿では、原則として厚労省の資料を軸に解説しますのでかなり保守的なものとなります。理由は簡単で、効果の薄い消毒は、感染症防御に大穴を開けることになり大勢の命に関わるほどに危険であるからです。
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消毒用アルコールの効果と注意点
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