オウム事件の「風化」に言及しても「風化」の実情は報じない新聞・テレビ

麻原裁判で裁判所が司法を歪めたというデマ

 麗華氏は当時、精神科医・香山リカ氏や作家・雨宮処凛氏とともに、麻原の死刑を回避するための活動を開始。3人は映画監督の森達也氏や社会学者の宮台真司氏らを巻き込んで「オウム事件真相究明の会」を結成した。  同会は2018年6月、麗華氏とは無関係の活動であるかのように装い、参議院議員会館内で結成記者会見まで開いた。会見で森氏らは、当時の12人の死刑囚の刑執行には反対せず麻原についてのみ死刑の執行に反対する主張を展開した。 「裁判では、リムジン謀議、井上(嘉浩)死刑囚が証言したこれを唯一の証拠だとする。これを証拠だとした。ところが井上自身が、そのリムジン謀議を自ら否定しています、後に。NHKが3年前かな、Nスペでオウム真理教特集やりましたけど、そこにディレクター宛に井上死刑囚が寄せたその手紙の中でも井上死刑囚は、実はリムジンの中では何も喋ってませんと何度も否定してるんです。ということは、麻原を地下鉄サリン事件について共同正犯にする根拠が崩れてるんです。動機がわかんないんです。動機を語れるのは麻原だけです」(会見での森氏の発言)  しかし当時放送されたNHKスペシャル「未解決事件 file.02」では、井上死刑囚の手紙には森氏が主張の根拠としている部分の後につづきがあった。 〈実はリムジンでは、たとえサリンで攻めても強制捜査は避けられないという点で終わったのです。しかし、何もしなければただ終わってしまうだけだ。ハルマゲドンを自ら起こし、麻原は予言を成就させようとしたのです〉  結局は麻原の指示だという文脈の手紙なのだ。森氏の主張は、この文章の前半部分だけを抜き出して文脈を違えることで、麻原の指示があったかどうかを疑問視するというものにすぎない。  オウム事件真相究明の会の記者会見では、登壇者たちが「麻原を吊せ」という世論に押された裁判所が不当に裁判を終結させたために死刑判決が確定したかのように主張した。これもデマだ。  麻原の裁判は、控訴の際に弁護団が期限内に控訴趣意書を提出せず、起源が延長されてもなお提出しなかったために裁判所が裁判を打ち切り、死刑が確定した。責任があるのは弁護団であって、世論でも裁判所でもない。ルールに則った対応であって、世論によって不当に裁判が終結したという事実はない。  いずれも、オウム事件をめぐる事実関係を無視した主張だったが、産経新聞はネット配信記事で無批判に会見内容を報道。日頃「フェイクニュース」問題を取り上げているハフィントンポストでも、同会呼びかけ人である雨宮氏自身が記事を書き同会の結成をアピールした。  森氏は、2011年に著書『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞した際にも批判されている。同書が地下鉄サリン事件について麻原の指示ではなく「弟子の暴走」として扱う箇所があったことから、日本脱カルト協会などが講談社に抗議文を送り記者会見まで開いた。  このとき、長年オウム裁判を傍聴してきたジャーナリストの藤田庄市氏と青沼陽一郎氏も連名で抗議文を送り、記者会見でも登壇した。ジャーナリストが同業者への授賞に抗議して記者会見まで行うのは異常な事態だ。しかし講談社は授賞を取り消さなかった。

坂本堤弁護士を中傷する宗教学者

 昨年12月、宗教学者の大田俊寛氏が立教大学内で〈「人文学と知」われわれは宗教や「カルト」の問題にどのように向き合うべきか——オウム真理教の事例を中心として〉と題する公開講演会を行なった。大田氏は、オウム残党の一派である「ひかりの輪」(上祐派)について真摯に反省していると評価し、団体規制法に基づく観察処分の対象から外すことを支持する意見書を教団の「外部監査委員会」に2度にわたって提出している人物だ。(参照:スピリチュアル・シンポに続きオウムに殺された坂本弁護士を中傷する講演会まで。どうした立教大学)  講演で大田氏は、オウム真理教によって妻や子供とともに殺害された坂本堤弁護士について、こう語った。 「80年代以降の日本のカルト対策は、どういうものが基調になっていたかと言うと、保護説得。場合によっては拉致監禁も含むような強制的な説得方法と、あとメディアバッシング。悪評戦術を立てていく。これによってカルトを攻撃していこうというのがカルト対策の基調になっていってしまったところがある。(略)実は、こういう特殊なカルト問題の解決方法が統一教会問題からオウム問題に応用されて、それが問題を大きくしてしまったのではないかと思う」  日本のカルト対策において「拉致監禁」と呼ばれる手法が問題視されたことはあるが、それが基調だったというほど主要なものではない。その点は評価の問題なので人によって見方が違う可能性はあるにせよ、それを坂本弁護士が応用した事実はない。 「坂本弁護士が信教の自由の否定。それから青年信者も家族が反対すれば家に帰ってもらうという仕方で、『強制的にオウムをやめてもらいますよ』ということを一足飛びに口にしてしまったということがありました」(大田氏)  坂本弁護士は、未成年信者を家に戻すためにオウム側との交渉した際、「こちらには信教の自由がある」と言い放った上祐史浩氏(現・ひかりの輪代表)に対して「人を不幸にする自由はない」と返した。日本国憲法で保障されている「自由」は無制限ではない。坂本弁護士の発言は信教の自由を否定するものではなく、法律家としてごく当然のものだ。  また、坂本弁護士は成人信者についても家に返してもらうという趣旨の発言をしたと伝えられてはいるが、要求として言及しただけだ。拉致監禁を宣言したわけでもなければ何らかの強制力の行使を予告したわけでもなく、大田氏が言うような「強制的にオウムをやめてもらいますよ」という主張ではない。
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残党への警戒心低下という「風化」
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