茨城大ゼミ「宗教と報道」発表の拙さと「オトナの責任」

先行研究をないがしろ

 もちろん、書籍や論文といったネット以外の資料も多い。  たとえば、『情報時代のオウム真理教』(井上順孝責任編集、宗教情報リサーチセンター編)、『〈オウム真理教〉を検証する そのウチとソトの境界線』(同)など、書籍化されているものだけでも、複数の宗教研究者がオウム真理教とメディアの関係に言及している。  宗教情報リサーチセンターは、宗教に関する報道をデータベース化しており、宗教と報道の関係そのものを扱っている研究機関だ。  報道サイドからの文献もある。オウム事件関連の報道についてのまとめや検証を主旨とするものだけでも、『オウム真理教とムラの論理』(熊本日日新聞社)、『「オウム」報道全記録 1989~1995』(毎日新聞社)、『裁かれる教祖』(共同通信社社会部)、『オウム事件取材全行動』(毎日新聞社会部)など。  今回のシンポジウムで登壇した江川紹子氏も『「オウム真理教」追跡2200日』の中で、事件の経過を記す中で、当時のメディアの実情に言及している。書籍以外でも、新聞各紙を検索すれば、オウム事件と報道のあり方について検証するオピニオン記事等も出てくる。 「宗教と報道」は、今回のゼミの学生たちが世界で初めて挑戦する画期的テーマではない。にもかかわらず、先行研究も、ネットで検索するだけでもわかる資料も、全く踏まえられていない内容の発表だった。  直接の原因は学生の知識不足、勉強不足なのだろうが、知識不足を補うための研究の方法論が間違っているという点で、学生より指導者である村上教授の問題だろう。学生たちはせっかく110人ものメディア関係者にインタビューするという大変な作業をしたのに、これでは得るものがなさすぎる。

学生不在、セッションしないトークセッション

茨城大シンポトークセッション

茨城大シンポトークセッション

 指導者の力不足は、後半のトークセッションにもよく表れていた。  後半は、ジャーナリスト・江川紹子氏、映画監督・森達也氏、静岡第一テレビ常務・三沢明彦氏、テレビ朝日記者・清田浩司氏、ゼミの指導教員である放送作家の村上信夫教授の5人によるトーク。司会は、元テレビ朝日で現在はフリーアナウンサーの吉澤一彦氏だ。  もともと筆者の目当ては、このトークセッションだった。江川氏と森氏の「直接対決」という、非常に珍しい機会だったからだ。
江川氏と森氏

江川氏と森氏

ジャーナリスト同士が火花を散らすオウム事件「真相」論争の行方」で書いた通り、江川氏と森氏はつい半年ほど前にも、記事で双方が互いを批判しあったばかり。直接面と向かっての舌戦が繰り広げられるかもしれないとなれば、見に行かない手はない。  関係者によると、どうも主催者側の手違いから、森氏の出演が江川氏サイドに知らされないまま「実現」してしまったようだ。主催者が2人の関係や論戦を認識していれば、起こり得なかったミスだろう。  しかし直接対決は完全な「不発」に終わった。司会者と登壇者の会話のみで、登壇者同士が一切会話をしないという形式で進められたのだ。  途中、江川氏がこう発言する場面があった。 「メディアがカルトの片棒を担がない。共犯者にならないということがだいじ。一部の識者ですね。専門家と言われる人たちも、オウムを礼賛し利用されていた。あるいは、サブカルチャーのひとつみたいな扱われ方もした。そういう形で持ち上げた、宣伝した。あるいは人権問題への関心とかマイノリティへの共感としてオウムにすり寄って利用された人もいる。カルトの問題点をちゃんと知って、自分たちがこういうことを発表したら、どういう影響が出るのかという想像力をもう少し働かせる必要があった」  半年前の論戦を知る者が聞けば、麻原彰晃の三女・松本麗華氏(アーチャリー)の意を汲んで雨宮処凛氏や香山リカ氏が呼びかけ、森達也氏や宮台真司氏らを巻き込んで結成された「オウム事件真相究明の会」への批判も意識した物言いに聞こえる。しかし司会の吉澤氏は江川氏の発言を、こうまとめた。 「確かに、17分間の放送ということで、(1989年の)『こんにちは2時』、そしてプロデュサー、これはやはり村上さん、(その背景は)わからなかったんですか」 『こんにちは2時』での、オウムによる17分間の反論放送の話にすり替えてスルーしてしまったのだ。江川氏はそんな話はしていない。  司会者のこうした「配慮」によって、トークセッションは悪い意味で事なきを得た。そんなことなら、はじめからこの2人を並べなければいいのに。  そして前半で発表した学生たちはフロアに座ったまま。1人だけ、最後まで壇上の司会者の隣に立たされていた学生がいたが、トークセッション中の発言はゼロだった。せっかく知名度や実績のあるジャーナリストたちが壇上に並んでいるのだから、本来ならまたとない対話の機会だったはずだが。  何を目指して何について語られているのかが最後までつかみにくいイベントだった。フロアの一般席では、退屈したのか、途中で退席していく人の姿もちらほら見られた。  このイベントの全体の構成を端的にまとめるなら、「110人もの人にインタビューして頑張った学生たちの発表」を肴に「有名人がコメント」して「司会者がトンチンカンなまとめで締めくくる」。まったくもって、ワイドショーの作りそのものだ。  学生たちもジャーナリストたちも、この無意味で軽薄な「放送時間」を埋める道具にされていたようにしか見えない。
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問われるのは「オトナの責任」
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