ジャーナリスト同士が火花を散らすオウム事件「真相」論争の行方

藤倉善郎

江川紹子氏や滝本太郎弁護士から厳しく批判された真相究明の会。左から順に想田和弘氏(映画監督)、宮台真司氏(社会学者、首都大学東京教授)、森達也氏(作家・映画監督・明治大学特任教授)、雨宮処凛氏(作家)

 オウム真理教教祖・麻原彰晃や6人の弟子たちの死刑が執行されて2週間がたった。この死刑をめぐり、オウム真理教を取材してきたジャーナリスト等の間で「真相は闇の中」「いや、だいたい判明している」という2つの立場からの論争が起こっている。筆者自身は後者の立場だが、自分の主張は置いておいて、この論争の内容と経緯を客観的に整理してみたい。

「真相は闇の中」なのか?

「真相は闇の中」派の代表格は、映画監督の森達也氏。森氏は死刑執行当日にBuzzFeedNewsの取材に対してこう語った。

“テロというのは政治的な目的があって暴力行為に及ぶことだが、オウム事件の目的はよくわかっていない。麻原が動機を語っていない状況での執行は歴史に残る過ちです”(BuzzFeedNews7月6日付記事より)

 同日の東京新聞夕刊には、森氏のこんなコメントが掲載されている。

“治療を受けさせ、裁判を再開して語らせるべきだった。肝心な首謀者の動機が分からなままふたをし、なぜ事件を起こしたかが不明なため不安と恐怖から逃れられていないのが今の日本社会だ”

 一方、ジャーナリストの江川紹子氏は死刑執行当日に、自身のTwitterで、「真相は闇の中」論に異を唱えた。

“死刑制度を廃止すべきという考えの方は、ご自身のその信念に基づいて、本日の執行を批判されればよい。それぞれが信念に基づく意見を述べる自由は尊重したい。ただ、お題目のように「シンソーカイメー」を唱えるのはやめて欲しい。刑事事件としての真相は、裁判でほぼ解明されている”(江川氏のTwitter

“「真相は闇の中」と言う人は、裁判やその記録をどの程度見てきたのか、と思う。念のために言っておくと、裁判というのは、麻原彰晃こと松本智津夫を裁く公判だけじゃないですよ。”(江川氏のTwitter

執行前から過熱していた論争

 この論争は、死刑執行の1カ月ほど前からすでに熱を帯びていた。森達也氏らが6月4日に「オウム事件真相究明の会」を設立。麻原の裁判は裁判所によって不当に終結させられており、確定した東京地裁判決が認定した麻原がサリン事件に関与した経緯や動機には根拠がなく、麻原は病気であるから、治療して裁判を再開し、麻原に真相を喋らせるべきであると主張した。同会は田原総一朗、香山リカ、宮台真司、雨宮処凛各氏、多くの著名人、文化人を呼びかけ人や賛同人に擁して記者会見を開き、現在、その数は54人にものぼる。

 これに、長年オウム問題をはじめとするカルト問題に取り組んできた滝本太郎弁護士が反発。設立記者会見が行われる前から、自身のブログで、こう批判した。

“「オウム事件真相究明の会」なんてネーミングは、「すべてでっち上げだ」「弟子の暴走だ」なぞと思いたがっている現役信者さんの誤解を拡げ、そんの言い方での勧誘をするのに、寄与するばかりではないか、と。”(6月1日付ブログ記事より)

“下記の麻原確定判決ぐらいは読んでから皆さん話してね、とつくづく思う。
http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/trial/4-6.html
あれほど多数ある事件、多くの関係者がいる事件を、ここまで解明してあるのだ、となんて凄い事なんですがね。”(同6月1日付ブログ記事より)

 同会の記者会見後、江川紹子氏をはじめ複数の人々が同会を批判した。

“麻原彰晃こと松本智津夫の控訴審がああいう形で終わったのは、司法が「まともなプロセスを踏んで」いなかったためではありません。もっぱら、控訴趣意書を出さない戦術にこだわった弁護人の問題です。ご自身の主張こそ、法治国家の否定であることに、気づくべきでせう。”(江川氏のTwitter

“「オウム事件真相究明の会」の方々は、本当に歴史を知らない(と思いたい。知っているなら悪質な確信犯)。地下鉄サリン事件って約23年位前で、そこから延々と裁判をやっているのに、その経緯を無視して物を言われてもねえ。ホロコーストはなかったーとか無邪気に信じている人と同じレベル。”(山口貴士弁護士のTwitter

 筆者自身も、同会と森氏を批判した。

“ぼくの「真相究明と言うなら12人の弟子たちの死刑も回避すべきなんだけど、なんで麻原のことしか言わんのか」という質問に、森達也が「そんなこと言い出したら12以外にも上祐とかにも話聞けと言うことになってキリがない」と。上祐は死刑囚じゃないから死刑回避言わんでいいだろ。アホか。”(筆者のTwitter

“途中、壇上でひそひそと「村井って地下鉄サリン事件のときもう殺されてたんじゃなかったけ?生きてたっけ?」みたいな会話してた呼びかけ人もいたぞ。おいおい。”(

 オウム事件のキーパーソンの1人と言われていた信者の村井秀夫が刺殺されたのは、地下鉄サリン事件の約1カ月後。地下鉄サリンの2日後に教団に警察の強制捜査が開始されたものの、教祖である麻原がいまだ見つからず、村井もまた逮捕される可能性があった。そのため東京・青山の教団総本部前にもマスコミが詰めかけていたその眼前で、村井は殺された。上記のブログ記事で滝本弁護士が指摘している麻原判決を読めば、地下鉄サリン事件当日に村井が実行犯たちにサリンが入った袋を手渡したことも書いてある。

 このように、森氏らが設立した「真相究明の会」の面々が、基本的な事実すら知らないまま、さも麻原が不当に処刑されようとしているのだという誤った歴史観を吹聴しているというのが、筆者を含め各氏が同会や森氏を批判した内容である。

 特に江川氏は、この件を強く問題視。会を名指しする長文の記事〈「真相究明」「再発防止」を掲げる「オウム事件真相究明の会」への大いなる違和感〉(Business Journal)を発表した。

 また、ジャーナリスト・津田大介氏(真相究明の会の賛同人の1人)がパーソナリティを務めるラジオ番組で森氏が同会について語った内容について、オウム裁判を傍聴してきたジャーナリストの青沼陽一郎氏はブログに〈『オウム事件真相究明の会』の目的は、真相を破壊することにある! という証拠〉と題する記事を掲載。〈どうして、こうもぬけぬけと嘘がいえるのでしょう〉と森氏を厳しく批判するとともに、〈この森達也の発言を、津田大介は「うーん」と唸って、聞き流していました。それも不味いでしょう! J-WAVEだって嘘を垂れ流していることになる〉と、津田氏にも矛先を向けた。

 こうした混戦模様のなか、7月6日に死刑が執行された。各メディアがこぞって専門家のコメントを紹介したり評論記事を掲載したりする中で、上記の人々もそれぞれの立場から意見を表明した。

 前出の江川氏によるBusiness Journalの記事に対しては、死刑執行後の7月18日になってから、森氏が反論記事〈それでも麻原を治療して、語らせるべきだった…「オウム事件真相究明の会」森達也氏による、江川紹子氏への反論〉(Business Journal)を寄せた。

次のページ 
「真相」を巡る論戦の陣営構造

1
2
3
4
4
5
関連記事
6
7