大ベストセラー『ファクトフルネス』に抱いた、拭いきれない違和感と困惑

一田和樹
・裏付けとなる根拠の確認を妨げる出典。  まっとうな本のほとんどはデータなどの出典を示している。通常、本の最後あるいは章の最後、たまに各ページの下欄にまとめてある。本文中に番号を振って、その番号と対照して出典がわかるようにしてあることもあれば、章ごとにまとめて並べてあるここともある(本の最後にまとめているパターンだと)。  本書がどのような資料を元に書かれたかは本の最後の脚注にまとめられており、どのように参考になったかコメントもついている。だが、それはごく一部であり、本書に書いていることの根拠として全く足りていない。なお脚注とは別に出典のリストもある。  ちなみに出典のリストは著者のアルファベット順にならんでいる。番号による対照もない。そして本文中には参照した資料に関する記述がない。つまり出典のリストはあっても、本文との対応関係がわからないようになっている。  読者の中には、「そんなことはない。元になる統計情報の出典を何度も本文中で触れている」と言う方がいるかもしれない。確かに一部の出典、特に問題についての出典を明示している箇所は多々ある。しかしそれ以外の原因や対策などについて出典を示した箇所はない。たとえば恐怖本能の章で上がっているヘビとかクモも人がそれを怖がることについての調査結果という根拠があるが、そのことはどこにも明示されていない(本書内の脚注にもない。ネット上の詳細な脚注にはあった)。

本文と対応が取れない出典表記では意味がない

 そもそも本文と出典はきちんと対応がとれていなければ意味がない。なぜなら、ありったけの出典を記載したり、百科事典や莫大な統計情報資料やいっそ統計データベースそのものを出典にしてしまえば後で突っ込まれた時にそこから反証になるものを見つけることができる。だから本文と対応がない時点で出典としては意味をなさない。ネット上の詳細な脚注も原因と対策の検証についてはほとんど触れていない。  この出典をのぞくと、本文に根拠の記載があるのはほとんどが誤解と偏見に関する問題だけなのだ。  なお、いちおう出典は確認した。いや、しようとしたが、とうてい無理だった。なぜなら本文との対応がないので、出典リストにある全ての本を読んで本文との対応を復元しなければならないからである。そんな時間はない。本書は出典に遡って事実確認することを事実上不可能にしている。  それでも最低限のことはした。日本語版の出典は上記のように使えたものではなかったので、英語版ならまともかもしれないと思ってそちらも入手してみた。それも同じだった。  ネット上の脚注も私が知りたい原因と対策の検証についてはほとんど触れていない。10の本能について少し触れている程度だ。10の本能以外にも原因は考えられるし、対策は他にもありうる。その可能性を廃棄して、原因は10の本能であり(あとメディア?)、対策は個人個人の考え方を変えることにあるとする根拠がわからない。  最低10の本能やメディアが体感事実を歪めることについての出典を求めて、全てのタイトルをひとつずつ当たり(タイトルとネットにある説明ページ)、可能性のある4つを抜き出し、全て自腹で購入するはめになった。 『Predictably Irrational, Revised and Expanded Edition: The Hidden Forces That Shape Our Decisions』 『Innumeracy: Mathematical Illiteracy and Its Consequences』 『How We Know What Isn’t So』 『The Storytelling Animal: How Stories Make Us Human』  根拠となるデータが20年以上前のものもかなりあったし、本書と通じるテーマや事物を扱っている箇所も散見された。たとえば『How We Know What Isn’t So』の6章はメディアについて分析している。しかし結論から言うといずれも、私が見た範囲では本書で述べている問題の原因や対策の根拠となるような事実を紹介してはいなかった。正直に言っておくと全部を読んではない。ここまで調べにくい出典を相手にして、そこまでする気力も時間もない。  だが、本稿の冒頭で述べたような壮大なネタであったとするなら、出典をわざとわかりにくくしてあることも合点がゆく。この難関を越えた時に、本書の真の意味がわかる! というオチだ。
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ロスリング博士の真の狙い!?
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いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。
 近著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている
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