毎月勤労統計への2015年の官邸介入は、サンプル入れ替えに伴う遡及改訂をやめさせることが狙いだった

衆院公聴会での筆者

2月26日衆院公聴会での上西充子氏 (衆議院インターネット審議中継より)

遡及改訂で「無効化」されるアベノミクス

 毎月勤労統計への官邸の不当な介入をめぐる問題。野党の追及が続いているが、政府はあえて論点をずらした答弁を行うことによって、攪乱を図っていると見えるフシがある。  2015年3月と9月の官邸介入は、サンプル入れ替え時の遡及改訂によって、過去の数値が悪化することを防ぐためだったと筆者は考えている。  この官邸介入については、筆者が行った衆議院予算委員会中央公聴会公述人意見陳述(2019年2月26日)の後半において言及しており、その公述原稿を前回の記事で公開しているので、ご確認いただきたい。  過去の数値の悪化とは、具体的にはこうだ。  2015年1月分から30~499人規模の事業所の全数入れ替えに伴う遡及改訂によって、2014年10月の名目賃金は0.2から-0.1に、2014年11月の名目賃金も0.1から-0.2に、変更され、プラスからマイナスに転じることとなった。  この値の変更は、2015年3月31日の1月分確定値時に公表される予定であったものが、公表日が当日になって急遽、4月3日に延期されている。3月31日は、中江元哉首相秘書官(当時)姉崎猛統計情報部長(当時)らに、「過去にさかのぼって大幅に数値が変わるようでは、経済の実態がタイムリーにあらわせない」との問題意識を伝えた日だった。  その後、厚生労働省はこの「問題意識」を受けた形で2015年6月から「毎月勤労統計の改善に関する検討会」を開催し、全数入れ替えを維持する方向で専門家の検討会はとりまとめを行うこととなり、官邸の「問題意識」には沿わない方向となった。  そのため第6回検討会(2015年9月16日)の直前の9月14日中江秘書官が姉崎部長と面談し、それを受けて姉崎部長が検討会の結論を「サンプル入れ替え方法については、引き続き検討することとする」という方向に強引に変えた、というのが、いま焦点となっている、毎月勤労統計の統計手法への官邸介入疑惑だ。  その前の同年9月3日には、安倍首相が答弁レクにおいて中江秘書官から、毎月勤労統計について説明を受けている。  そして実際に、次のサンプル入れ替えのタイミングである2018年1月分から、全数入れ替え方式は部分入れ替え方式に移行し、それにあわせて遡及改訂は行わないこととされたのだ。  そのことに関して、部分入れ替え方式に移行してもそれによって賃金が上振れするとは限らないのだから、野党の指摘は当たらない、とする指摘が政府側から行われている。  安倍首相自身、2月18日の衆議院予算委員会で玉木雄一郎議員の質疑において、そのような答弁を行っている。 「そのサンプル入れ替えについて、私たちが大きく見せるために、それをまるで官邸の意思のように言っているわけでありますが、それは全く違うわけでありまして」 「(3年後に全数入れ替えをすれば)当然(サンプル入れ替え前までに上振れしていた賃金水準からの)ギャップは大きくなる。それを(部分入れ替えによって)毎年半数ずつやっていけば、実は上振れが減って、そしてギャップは小さくなるのは事実ですよね」 「半数入れ替えながら1年ごとにやっていくわけですから、決してこれは大きく見せるんじゃないんですよ。むしろ、これは、こう伸びていっちゃうわけですから」  しかし、これは議論を攪乱させるような答弁だと、筆者は考える。確かに野党議員の中には、サンプル入れ替えによって賃金が上振れする、という指摘をする者もいただろうが、その認識は不適切だ。  2018年1月分については、サンプル入れ替えによる上振れがあったことが厚生労働省により発表されているが、しかしそれは日雇い除外の影響によるものではないかと小川淳也議員は質疑の中で指摘している。  むしろサンプル入れ替えによって、通常は賃金水準は下振れするのだ。これまでは常に、賃金水準は下振れしてきたのだ。それは、2月4日の衆議院予算委員会で小川淳也議員が既に指摘していたことだ。  確認しておかなければいけないのは、2018年1月分から賃金が上振れしたのは、他の統計手法の変更や、ベンチマークの更新、東京都500人以上事業所の復元の開始によるのであり、部分入れ替えへの切り替えによるものではない、ということだ。  部分入れ替えは、入れ替え後の賃金を上振れさせるために行われたのではなく、部分入れ替えに伴って遡及改訂をやめることにより、過去の数値の下振れを回避するために行われた、というポイントをしっかり押さえておくべきだ。  アベノミクスにとって、実質賃金が上がらない、ということは「不都合な事実」だった。サンプル入れ替えに伴う遡及改訂によって、せっかくプラスに転じた実質賃金の伸び率がマイナスに書き換わるということは、安倍首相にとっては耐えがたかったのだろう。そして、次のサンプル入れ替え時である2018年1月に、同じようなことがまた起こることは、絶対に避けたかったのだろう。  大串博志議員が2019年2月28日の衆議院予算委員会でその旨を指摘しているが、筆者もその見方に同意する。  サンプル入れ替えによる遡及改訂を防ぐことが官邸の問題意識だった、ということについて、筆者は、2019年2月26日の衆議院予算委員会中央公聴会公述人意見陳述では十分に触れることができなかったが、当日の逢坂誠二議員が質疑でこの点に触れてくださったことにより、そのタイミングで詳しく言及することができた。  そのやりとりを下記に資料と共に文字起こしした。ぜひご覧いただきたい。
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