さて、冒頭の答弁に戻りましょう。
私は、この答弁を耳にしたとき、軍務・自衛隊勤務経験無し、国産軍需企業で勤続3年の人物の言葉かと吹き出してしまいました。
まず、安倍晋三氏は、イージス・アショアの
本質的脆弱性である固定基地且つ地上露出であることについて回答していません。
連載
第4回、
第5回で指摘したように、萩・秋田のイージス・アショアは
日本国内の防衛にはほぼ役に立ちません。これは、主要標的都市と弾道ミサイル想定射点を結ぶ軸線から大きく離れており、
弾道弾に対して側方迎撃(横からの迎撃)となるためです。従って、シミュレーションで迎撃弾は「届く」でしょうが、「迎撃成功」する可能性は著しく低くなります。これは「カタログスペック」には現れない常識です。にもかかわらず、萩と秋田市への配備に固執するのは、
萩市がグァムの、秋田市がハワイの弾道弾防衛に最適の地点であるからです。
【北朝鮮による弾道弾攻撃の軌跡】
秋田上空をハワイ攻撃の弾道、能登半島上空を東京攻撃の弾道、山口・九州北部上空をグァムへの弾道が通過する。東京防空には、萩、秋田は最悪の射点である。
pp2-14, Making Sense of Ballistic Missile Defense: An Assessment of Concepts and Systems for U.S. Boost-Phase Missile Defense in Comparison to Other Alternatives, 2012, National Academy of Sciences
図で示すように、秋田上空をハワイ攻撃の弾道、能登半島上空を東京攻撃の弾道、山口・九州北部上空をグァムへの弾道が通過します。東京防空には、萩、秋田は最悪の射点であり、配備は無意味です。一方で、秋田市はハワイ防空に、萩はグァム防空に最適の射点となります。
一方で北朝鮮にとっては、民需・軍需のすべてを犠牲にして開発・整備してきた核兵器は、対米抑止力の要です。このことについては、本連載
第6回で詳細に論説しています。本来北朝鮮にとって日本は今や路傍の石ころ程度の無価値な対象であり、事実北朝鮮は日本を長年無視してきました。ところがこの
北朝鮮の国の存続に関わる対米抑止力を阻害するイージス・アショア日本配備は、全力で排除する対象となります。故に、
秋田市、萩市は複数の核弾頭による先制核攻撃の脅威にさらされることとなります。
先制核攻撃は、まず相手国の目つぶし、次いで迎撃戦力の破壊、報復核戦力の破壊(*3)、都市の破壊を行います。北朝鮮の場合、核戦力の規模が小さい為に、確実性の高いグァム、ハワイ諸島の破壊となるとおもわれます。
*3:亡命GRU将校であるヴィクトル・スヴォーロフ(ウラジーミル・ボグダーノヴィチ・レズン)は、著書で先制核攻撃において報復核戦力への攻撃はあり得ず、全力で都市を破壊すると主張している。
北朝鮮による対日先制核攻撃の理由は、
自らの対米核抑止力への脅威であるイージス・アショアがそこにあるが故であり、日本の存在価値と意義は全く無関係です。
なお、合衆国が自国防衛を想定して欧州にMDを配備してきたことは自ら明らかにしてきたことで、対象は北朝鮮と共同開発してきたとされるイランのICBMです。このため、ポーランドなどに大型の弾道弾迎撃ミサイルGBD(Ground-Based Midcourse Defense)配備が予定されていましたが、オバマ政権はこれを絵空事と批判し、妥協の結果ルーマニア配備イージス・アショアに縮小した経緯があります。要するに、欧州イージス・アショア自体が合衆国の軍需産業を食わせるための代物と化しているといえます。
【イラン(中東)ICBMの迎撃想定図】
ポーランドにGBD(Ground-Based Midcourse Defense)を配備する想定の図である
pp5-28, Making Sense of Ballistic Missile Defense: An Assessment of Concepts and Systems for U.S. Boost-Phase Missile Defense in Comparison to Other Alternatives, 2012, National Academy of Sciences
このようにイージス・アショアは、最優先の先制核攻撃対象であり、平時はゲリラ・コマンドによる破壊の対象となる訳ですが、
地上固定基地である以上、イージス・アショアは極めて脆弱であり、ゲリラ・コマンドによる破壊で容易に機能を失いますし、先制核攻撃で至近弾、上空爆発であって機能を完全に失います。
一方で洋上イージス艦の場合は常時移動しますので弾道弾攻撃は極めて困難であり、
秘匿性と極めて高い抗堪性を持ちます。さらに、萩や秋田のような合衆国防衛専用ではなく、
東京や大阪などの重要防衛対象を防衛するのに最適な射点を取ることが出来ます。これらもカタログスペックにはでない極めて重要な差異です。
現在、イージスMD対応艦は短期間に8隻整備可能であり、現在
たったの32発(最大迎撃数16発相当)しかないSM-3(ミッドコース弾道弾迎撃ミサイル)を増やせば、飛躍的に強固な弾道弾迎撃態勢を整備出来ます。SM-3BlockIミサイルは、日本の対北朝鮮弾道弾防衛は十分なものであり、対日価格は正価の二倍ですが20億円とされています。
100発の追加導入ですら2000億円です。
格安との虚言で導入の名目とされたイージス・アショアはすでに
6000億円を超える有様で、対日対外有償軍事援助(FMS)の性格上、
1兆円を超えるのは確実でしょう。
日本の防衛には役に立たず、むしろ秋田市、萩市、東京都心、立川市を先制核攻撃対象とするイージス・アショアの値段は「べらぼう」な代物と言うほかありません。
こういうことは、
カタログスペックを眺めるだけの人には分かりません。
さて、洋上イージスMDより安いという嘘っぱちで始まったイージス・アショア日本配備ですが、すでにMDイージス艦のユニット価格を遙かに上回る代物と化しています。しかも、同じお金を使って、イージス艦は、艦隊防空、対潜攻撃、対艦攻撃、対地攻撃、平時の警備活動、災害時の救援活動、海上救難ほか、様々な事に活用されます。旧式化すれば改装して別種の兵器とすることも出来ます。
イージス・アショアは、動くことは出来ず、先制核攻撃の標的となり、日本の防空には、せいぜい早期警戒レーダーとしてしか役に立ちませんが、その他のことには何も使えません。ただ、税金を消費し、電気を消費し、ウンコとゴミを排出するだけです。
こういうことも、カタログスペックを眺めるだけの人には分かりません。