映画『僕が跳びはねる理由』が自閉症の偏見を覆す力に溢れている理由

自閉症者が抱えてきた汚名と戦う

 前述したように、本作は世界各地の5人の自閉症の少年少女たちの姿や、その家族たちの証言を追っている。ジェリー・ロスウェル監督は、その過程において「自閉症者が抱えてきた汚名と戦うことに導くこと」も課題としていたそうだ。
(C)2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute

(C)2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute

 その上で、監督は「発展途上国における自閉症者の経験を探求することが重要」と考え、アメリカやイギリスだけでなく、アフリカやインドで本作に参加してくれる出演者を探し、彼らと共に時間を過ごし、彼らを知るための個々のセクションを設けたという。そこでは、何世紀にもわたる、自閉症を恥とする悪しき根強い文化、偏見や蔑視がありありと見える。先進国よりも、発展途上国では差別がより苛烈なものであるという事実も突きつけられる。その環境での、自閉症者である彼ら、そして家族の苦しみは、想像を絶するものであるだろう。  東田直樹の原作、そしてこの映画は、そんな偏見や蔑視を根底から覆すものでもある。劇中では、原作の翻訳者が「自閉症者は偏見にさらされてきた。感情がないだとか、創造性知性を持たないなどだとか。でも、もしそうなら、本などかけるはずがない」と言うシーンがある。これは東田直樹だけでなく、劇中に登場する(すべての)自閉症者にももちろん当てはまる。彼らもまた、上手く話せなかったとしても、「文字盤」を利用して言葉を紡いでおり、そこから観客は豊かな感情や思考を読み取ることができるのだから。

自閉症者の世界は変わっていく

 この映画の感動は、自閉症者を取り巻く世界が、私たちからの視点から変わっていくことにもある。前述してきたように、東田直樹の原作は自閉症の考え方を文章で世界中に伝え、本作ではさらに映像をもって、彼らとその家族の気持ちに寄り添っているのだから。
(C)2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute

(C)2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute

 また、ジェリー・ロスウェル監督は、「直樹君自身が言っているように、彼は自閉症全員を代表して語ることはできません。しかし、彼の言葉は私たちがスクリーンで観ている事物について、今までとは違った視点で考えるためのヒントを与えていると思ったのです」と語っている。確かに、東田直樹の言葉は「なるほど、そうなのか」と思えるものであるが、決してすべての自閉症者に当てはまるわけでもないだろう。  精神分析の歴史はまだ80年にも満たず、自閉症の概念は近年でも大きく変化している。定義においても、広汎性発達障害、高機能自閉症、アスペルガー障害などの用語が生まれてきたが、今は自閉症スペクトラムという、明確な境界線を設けない、その多様性を認めることのできる名称が一般的に使われるようになっている。  劇中では5人の自閉症の少年少女たちの姿と、その特徴が示されているが、これらもあくまでも一例だ。さらに、それぞれの違いを、症状ではなく「個性」と認められれば、より(自閉症に)優しい世界をつくっていけるのではないか……そんな希望も持つことができた。
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