本作では、前述した少年が妖精のように駆け回る姿と合わせて、世界各地の5人の自閉症の少年少女たちの姿や、その家族たちの証言も追っていく。それらの映像と重なるように、原作で書かれた東田直樹の言葉がナレーションのように提示される、という構成になっている。
この構成をもって映像作品に仕上げたおかげで、さまざまな利点が生まれている。その1つは、実際の自閉症の特徴を映像として見ることで、東田直樹の言葉の意味がさらにはっきりとすることだ。
例えば、自閉症の息子の特徴について、こう話す父親が登場する。「3歳の時のことを覚えているかと思えば、30分前のことをいきなり言い出したりする。まるで制御不能のスライドショーだ」と。その自閉症の息子の記憶が、実際にスライドショーのように映像でも表現されるのだ。
それとともに、「みんなの記憶は、おそらく線のように続いている。しかし、僕の記憶は点の集まりで、僕はいつもその点を拾い集めながら、記憶をたどっている」という言葉が重なる。これは原作における「いつも同じことを尋ねるのはなぜですか?」の項で東田直樹が実際に綴ったものだ。
(C)2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute
このように、文章でもわかりやすかった自閉症者の特徴が、映像が組み合わさることでさらに鮮明になり、彼ら彼女らへの理解がより深まるということが、何よりの本作の意義だろう。
また、証言を行う母親の中には、「(東田直樹のエッセイのおかげで)今まで理解できなかった娘の本当の気持ちが、やっとわかった」と涙ながらに話す母親もいる。その自閉症者の親でしかわかるはずもない気持ちに、少しでも近づけたことにも大きな感動があった。
劇中では、地面、植物、陶芸に使うろくろなど、自閉症者が見ているものを、「接写」で映し出している画も多い。
ここで、「みんなは物を見るとき、まず全体を見て、部分を見ているように思う。僕の場合はまず部分が飛び込んで来る。ものは全て美しさを持っている。鮮やかな色や、印象的な形を見るとそこだけに心を奪われる。何も考えられなくなるんだ」という、原作の東田直樹の言葉が重なる。そのため、「なるほど、自閉症者は、こうして世界を見ていたんだ」と、より感覚的に理解ができるようになっていたのだ。
(C)2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute
他にも、「音」の演出もこだわり抜かれており、「肉が焼ける音」や「ブランコの金属が擦れる音」が強調されていたりもする。自閉症者は「人が気にならない音が気になる」という特徴もあるため、ここでもやはり「自閉症者は、こうして音を聞いているんだ」と実感できるのだ。
ジェリー・ロスウェル監督は、本作について「観客を強烈な視覚と聴覚の世界から、『感覚過多』の世界へと連れて行き、コミュニケーションの方法を見つけること」を1つの課題にしていたという。この自閉症者の視覚的および聴覚的な観点からこだわった映像表現は、完全に成功している。音や景色を美しくく強烈に感じ、でも同時に不安で混乱してしまう自閉症の感覚を、「擬似体験」できるのだから。