2014年の厚生労働省「
賃金構造基本統計調査」によれば、タクシードライバーの年齢構成は60歳以上が53%に達し、70歳以上のドライバーも珍しくはない。
若者に敬遠され、人材不足に喘ぐ業界を支えているのは高齢ドライバーなのだ。現役ドライバーの高田正之助さん(仮名・71歳)が話す。
「中小の会社だったら、60歳手前でも二種免許の費用を会社が負担し、待遇も正社員。一応、定年は65歳。でもその後も1年ごとにアルバイトで働けるので、自ら二種免許を取得して面接に行けば65歳でも採用される。高齢だからといって、運転の技術の高いベテランとも限らないんです。借金を抱えている人も多く、60歳を過ぎて40万~50万円稼げる仕事なんて他にはないから、なかなかやめられないのも事実です」
コロナ禍での接触事故を機に、タクシードライバーを引退した芹沢時貞さん(仮名・79歳)はこう打ち明ける。
「事業に失敗し、50代後半からタクシー運転手に。国民年金ではとても生活できず、70歳を超えてもタクシーを続けた。タクシーに事故はつきものだけど、70代後半になると、夜は目が見えなくなるし、判断力も鈍って、つまらない事故が増える。コロナで水揚げ(売り上げ)も減り、早い者勝ちの配車アプリの呼び出しに焦ってしまった。無理な運転で、ガチャンと。まあ、潮時です。10年遅かったけど(笑)」
タクシーの事故は、業界が抱える構造的な問題に起因しているようだ。『
潜入ルポ 東京タクシー運転手』(文春新書)の著者で、ノンフィクション作家の矢貫隆氏は「’02年の規制緩和が一つの転機となった」と解説する。
「タクシー台数は増加し、売り上げは減少。一人でも乗客を乗せようと焦りから事故が多発した。タクシーの事故率は、乗客を乗せている実車時よりも、空車時のほうが約3倍高い。かつては、前に空車が走っていたら、それを抜かさないのが暗黙のルールだった。でも今は、いるかもしれない客を拾おうとタクシー同士がスピードを上げ、前へ前へと競争している。客を降ろし、都心に戻るタクシーが尋常じゃないスピードを出し、集団で走る。あの光景を見れば、事故が起きるのがわかりますよ」
タクシーの交通事故は、「景気」にも大きく左右されるという。ただ、2度目の緊急事態宣言によって、「当面は事故が減るだろう」と矢貫氏は予測する。
「緊急事態宣言で夜はまったく人けがなく、ドライバーは焦りより諦めに近い。雇用調整助成金を受け、会社は営業に出す台数を絞っているので、当然、事故は減るでしょう。1月に『砂丘が見たい』と言われ、横浜から鳥取まで40万円を無賃乗車された事件があったが、ドライバーの慎重さが足りなかったなと思うと同時に、もしかしたらコロナで水揚げが全然なく、ウソかもしれないと不安になりつつも、すがりついたのかなとも思いました」
タクシーのバックミラーには時代が映る。