先の髙橋氏も、自殺防止には孤独を解消することが重要だと語る。
「女性はカフェや美容室など、誰かと会って喋ることでストレスを解消することが多いのですが、コロナ禍ではそれが自由にできません。もともと家庭内の緊張が高い場合、ストレスからDVや虐待、自殺につながります。
もし身近な女性や子供にそうした兆候、SOSを感じたら、相手の悩みを丁寧に聴く“受容傾聴”をしてほしい。アドバイスをするのではなく、オウム返しをして詳しく聴くことは、悩みの理解に効果的です」
張氏もまた、精神科医の立場から「ストレスを把握する」などの能動的セルフケアが重要だという。
「家庭内の緊張や経済的困窮など、ストレスのインプットが増える一方なのにガス抜きができないという状況は、急性の自殺念慮を引き起こすうつ病のリスクを高めます。私たちにできることは、自分や身近な人のうつ病を早期に発見し、自殺につなげないことです。ストレスを感じると、イライラしたり、動悸がするなど身体的な兆候が出ます。
これは、健康体であればこその正常な反応です。ただ、そこでケアを怠ると、自律神経失調症、うつ病と段階が進んでしまう。食欲の低下や味覚異常、不眠などの体調不良があれば、小さいことでも見過ごさないでください」
情けは人のためならず。精神的、経済的な格差が増すコロナ禍だからこそ、立場の弱い女性や子供に今一度心を寄せてほしい。
<セルフケア>
▼ストレスの把握
初期症状はイライラ感や緊張。不眠や下痢や微熱が続く、めまいがするなど、ストレスによる不調の発露は人それぞれだ。体の声に耳を傾けよう。
▼リモートツールの活用
対面や外出での娯楽ができない現状では、セカンドベストとして在宅やリモートツールでできるストレス解消法を見つけよう。動画を見ながらストレッチなど、運動もしっかりと。
▼SOSを出せる場所の確保
歯科や内科のように精神科や心療内科にかかりつけ医を持つことも重要だ。うつ病患者の初診診療科は64%が内科で、内科医が気づいてくれることも近年は多い。気軽に相談を。
<隣人のケア>
▼TALKの原則
自殺願望を打ち明けられたら、心配していることを言葉にして伝える=Tell
「死にたい」という気持ちの有無について、相手に率直に尋ねる=Ask
否定的な言葉はNG。「死にたいほどつらい」相手の気持ちを傾聴する=Listen
独りきりにしないなど物理的な安全を確保し必要な対処につなぐ=Keep safe
▼受容傾聴
特に子供に対しては、①ジャッジしない。②アドバイスしない。③ありのままに受け止める。④勝手に想像して決めつけない。⑤子供の情景を見させてもらうことが重要。
【日本自殺予防学会理事長・張 賢徳氏】
’91年、東京大学医学部卒業。帝京大学医学部教授。帝京大学医学部附属溝口病院精神神経科科長。’17年より日本自殺予防学会理事長。
【前防衛医科大学校教授・髙橋聡美氏】
自衛隊中央病院高等看護学院卒業。東北大学大学院で医学博士取得。新著に『
教師にできる自殺予防-子どものSOSを見逃さない』
【ゼロベータ代表・日詰宣仁氏】
’07年、大阪大学経済学部卒業。ユニクロ、IT系企業を経て’14年にナイトワーク女性の転職、起業支援に特化した
ゼロベータを設立。
【NPO法人あなたのいばしょ理事長・大空幸星氏】
’98年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学中。’20年3月「望まない孤独の根絶」を目的に
NPO法人あなたのいばしょを設立。
<取材・文/仲田舞衣 行安一真 図版/ミューズグラフィック>