9月23日、経済学者でパソナグループ取締役会長の
竹中平蔵が、民放の番組でベーシックインカムについての持論を展開した。彼は
菅義偉新首相が真っ先に会談した人物の一人であり、また安倍内閣のときから政府の諮問会議に呼ばれ、国家戦略特区など様々な政策に関与してきた自民党政権のブレーンとして認められる人物である。従ってベーシックインカムについての彼の持論は、単なる私的な考えではなく、政府の政策に影響を与えうるものとして捉えられ、波紋を広げている。
竹中が主張するベーシックインカム制度とは次のようなものである。
人々は月々7万円の最低所得補償を無条件に受給できる。一方で、国民年金や生活保護制度は廃止される。また高額所得者は、後でその所得を何らかのかたちで返さねばならない。
年収の中央値が20年前に比べて大きく減少している日本において、月々7万円の最低所得補償は大きな可処分所得の上昇になるかもしれない。一方で月々7万円では暮らしていけないため、人々は労働を強いられる。そのとき企業は、賃金を大きく引き下げることができる。こうして
雇用条件が劣悪な底辺労働は、ベーシックインカム制度の導入と社会保障の廃止によって拡大していくが、
今野晴貴によれば、それが竹中ベーシックインカム論の真の目的であるという。このような新自由主義的なベーシックインカム制度の提唱は、多くの人々に見透かされ、激しい批判を呼んだ。
ベーシックインカム、つまり最低所得補償を導入せよという提案は、竹中平蔵の専売特許ではない。
国民民主党の玉木雄一郎代表は、次期衆院選の公約にベーシックインカムの試験的導入を盛り込むことを9月24日に発表した。
れいわ新撰組の山本太郎代表は、デフレ脱却のための現金給付制度を提唱し続けている。
海外では、
ドイツやフィンランド、カナダなどで、ベーシックインカムの社会実験が行われている。その人の事情はどうであれ、生きるために最低限の所得補償をという発想は、社会的な平等を求める左派によって発想されたとしてもおかしくはない。
ベーシックインカムのメリットのひとつは行政手続きの簡単さだが、経済状況の悪化に伴う一時的な救済措置として、定額給付金が推奨されるのも同じ理由である。たとえば今回のコロナ禍における10万円の給付金だが、野党が主張しているようにこれを複数回の継続給付とするなら、それは時限的なベーシックインカムであると解することもできる。
ベーシックインカムはひとつの政策にすぎず、金額、財源、他の社会保障との兼ね合いなど、その運用形態によっては新自由主義にも社会主義にも転ぶ。左派でベーシックインカム政策を支持する者は、そのような理路で竹中平蔵への批判からベーシックインカムを切り離す。
確かにベーシックインカムの制度も、消費税と同様、租税とその分配をめぐる包括的なシステムの一部にすぎず、やり方によっては再分配政策として機能することもできるだろう。だがベーシックインカムの議論は、たとえ左派的な問題意識がある場合であれ、
新自由主義的な思考へと道を開く危険性を持っている。