男は女を「個体」として捉える。妻子持ちとなり「恋愛」のステージを過ぎた慧也にとっては7年ぶりに出会った佳苗は、「過去フォルダ」の中の「元彼女フォルダ」の中にある一つのファイルにしか過ぎないのであろう。
一方、女は男を他者の「総体」として捉えてしまう。彼女にとっての他者の総体としての「男」は常に彼女を満足させてくれていない。「現在のフォルダ」の中にある「彼氏」ファイルは、慧也から現在の恋人に上書かれているが、そのファイルの出来栄えには満足できないようだ。
かつての恋人、かつての夢。
今の恋人、今を生きるための仕事。
30を過ぎて「夢」を叶えたわけでもなく、かと言って「普通」の幸せに収まるでもない自分にやるせなさを感じる女。
佳苗は慧也に交際当時の出来事について問いを繰り返す中で、過去の思い出の美化が許されないことを知る。かつての慧也の態度をなじるのは、30を過ぎて本当に自分を理解してくれる男と出会えていない自分に対する苛立ちの表れと言っても過言ではないのかもしれない。
「あの時あなたがもっと私を幸せにしてくれていたら」という過去に対して執着を抱えた独身の女は、妻子持ちとなり「普通」がまんざらでもない男と、ホテルを出て再び海辺の散歩へと出る。
そんな平行線を辿る二人に、物語の終盤、互いの感情がクロスする瞬間が訪れる。バックに流れるのは、劇中で実際にライブパフォーマンスをするjan and naomiの「dab♭」。
©chiyuwfilm
恋人同士だった頃に聴いていた曲が流れる中で、二人はもう元に戻れないことを知る。佳苗に過去との決別=過去の恋愛からの「自由」をもたらしたものは、皮肉にも彼女がかつて捨てたはずの音楽だった。
過去との決別を終えた後、日常に戻ろうとする時の佳苗の表情には若干のすがすがしさを感じる。2日後に仕事で日本を離れる彼女はもう「彼氏」ファイルには期待しないと悟ったのだろうか。
一方、慧也は佳苗への未練が蘇ったのか、どことなく物憂げだ。妻子との「普通」の生活を送りながら、「元彼女フォルダ」にある「佳苗ファイル」を一生愛で続けるのは彼の方なのかもしれない。