過去の恋愛から自由になるためには? 再会したかつての恋人たちを描く『ふたつのシルエット』
ふたつのシルエット』。公開以来、二人が時空を超えて会話をする演出に、映画ファンからの注目が集まっている秀作だ。
慧也と佳苗は、別れる直前に訪れた海沿いのレストランで7年ぶりに再会。慧也は帰ろうとする佳苗を呼び止め、海辺を散歩する。慧也には妻子がいた。
一方、かつては歌手として活動していた佳苗は、現在会社員。2日後に仕事で香港へ出発し、2年間は日本へ戻る予定はない。そして、恋人に結婚を申し込まれているがさほど乗り気でもない。
「何で現れたの?あなたには会いたくなかった」という佳苗に、「久しぶりにライブが見たい」と言う慧也。時制が噛み合わないまま会話は続き、ここから現在・過去が交差する二人の会話が始まる。
佳苗は過去の出来事について「昔のことは何年も経つと感情がなくなる。色がなくなって物のように冷たくなる感じがする」と語る。
ところが、7年ぶりに出会った二人は、感情が抜け色褪せた事実に意味を塗り始める。お互いにお互いのパートナーを「普通の人」と表現する慧也と佳苗は、別れのタイミング、性格の欠点、互いに気が付いていた浮気などを振り返り始める。
ただ、その振り返り方には差があった。携帯の画面に映る「普通」の恋人からの着信を無視することからもわかるように、佳苗は今の恋人に何か物足りなさを感じているようだ。
30歳を過ぎてキャリアは順調であるものの「普通」のパートナーに不満を抱く佳苗にとって、歌手を夢見ていた頃のかつての恋人・慧也は現在の不満をぶつける相手になってしまう。一方、既に妻子持ちになってしまった慧也に佳苗ほどのテンションはない。
7年前の出来事を昨日のことのように問いただす佳苗に対して語気を荒くする慧也。「昔の出来事を使って俺を責めるのは止めてくれ。もう何の関係もない」と言う慧也に、「じゃあ何で一緒にいるの?」と佳苗は切り返す。
場所は二人がかつて過ごした海辺のホテルの一室。この時の佳苗に「過去を振り返っている」という気持ちはない。目の前の慧也は本当に今、時を一緒に過ごしている恋人であるかのような感覚なのだろう。
この作品のテーマの一つに「過去の恋愛の乗り越え方」がある。
佳苗は慧也に不満があって、自分から彼の元を去った。しかしながら「あの時はそうするしかなかった」との佳苗の言葉通り、もっと自分を上手に愛してくれたならという思いがあったに違いない。
「男の傷は男で癒せ」という言葉があるが、目の前の男がその期待に沿うものではなかった時、女はどのような行動を取るのだろうか?
一つは過去に固執して悩むということである。
人間は現在の不満の原因を過去に求めがちである。そして「あの時ああしていれば」という考えから抜け出せなくなる。
前向きな発想の持ち主なら「現在を変えることができれば、未来を変えることができる。そして、未来を変えることのできた時に過去の意味も変わる」と考えるのかもしれない。
しかし、常に前向きな発想でいられる人間は少ない。特に自分の努力だけでは状況を変え難い恋愛においては。
物語の冒頭、慧也は「音楽はまだやっているの?」と佳苗に聞く。そして、「やっていない」と答えた佳苗と慧也は次のようなやり取りをする。
「もういろいろやってない。始めたこともあるけどそれは生活のため。若いと何でもできる気がするし、やりたがるでしょ」
「じゃあ。俺もいろいろやってみたいことの一部だったってことね」
「あたりまえでしょ」
果たして佳苗にとって7年前の慧也はやってみたいことの一部に過ぎなかったのだろうか?その口調からは「もうあなたのことは何でもないの」と思わせたいかのような強がりが窺える。
このやりとりを聞いた時、「恋愛は女にとって人生のメインディッシュ。男にとっては人生のメニューの一部」「女の恋は上書き保存。男の恋はフォルダ別」という言葉がよぎった。
「俺もやってみたいことの一部だったってことね」という言葉を発する慧也は、佳苗の強がりを理解できていない。20代から30代に「結婚」という言葉を少しでも考えている女性にとって、交際相手の男性が人生の「一部」ということは考え難い。
30歳を過ぎて、キャリアは順調なものの、確固とした「普通」の幸せを掴んでいない佳苗からしてみれば、その言葉は余りにも軽く感じたに違いない。
そして、その後に続く当時の慧也の態度をなじるかのような佳苗の態度は、佳苗が現在の恋人に対して持っているであろう不満のようにも感じる。「男ってなぜそうなの?なぜ私のことがまだわからないの?」と。
7年ぶりに出会った元恋人同士の男女を描いた竹馬靖具監督作品『
時を越えて向き合う二人の男女
過去の恋愛から自由になるために
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