――その後、難民申請が却下され、国外退去を命じられ、路上生活を余儀なくされてしまいました。どのような気持ちでしたか。
ファヒム:ストリートで暮らすということは、普通の人には想像できないことだと思います。世の中は不公平だと思いました。なぜ、自分がストリートで暮らさなければならないのかと。不幸にしてホームレスをしている人たちは自分だけではないということを知っていましたが、自分は何をしたんだ、どうしてこんなことになっているんだという気持ちは拭えませんでした。なぜ自分が?と。
――その気持ちを父親のヌラさんにぶつけたことはあったのでしょうか。
ファヒム:映画でも描かれていますが、僕はチェスクラブに通い始めて仲間の家に泊めてもらうことなどができました。しかし、その間も父は基本的にはずっとストリートで過ごしていました。僕より長くその生活をしていたので、不満は言えませんでしたね。ストリートの生活が終わったとき「二度と戻るまい」と思ったことは覚えています。
――12歳未満のチェストーナメントで優勝することでメディアが注目し、それがきっかけで政府から滞在許可が下り身分証明書が手に入ります。チェスに打ち込んでタイトルを取るということで、強制送還を逃れられるということはいつの時点から意識していたのでしょうか。
ファヒム:チェスをやることで自分にここまで大きな何かが手に入るとは予想していなかったです。パリに来てチェスクラブに通い始めてから優勝するまで考えていたことは、少しずつ進歩することでした。そして、どこかの試合でタイトルを取ることだけを目標にしていました。
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トーナメントでは、自分は強力な優勝候補と言われていたのでチャンピオンになるだろうとは思っていました。でも、優勝することで自分の人生がここまで劇的に変わるとは思っていなかったですね。
――チェスの指導者であるグザヴィエ・パルマンティエさんとの思い出をお聞かせください。
ファヒム:最初はあまり好きではなかったんです。怖いな、嫌な人だな、と。私にあそこまでああしろ、こうしろという人は他にいませんでした。ただ、そのことは私にとって必要なことだったんですね。彼との出会いは私にとって最良のものでした。
数年間ずっと一緒にいたので「これが思い出」というのはありません。そういう意味ではすべてが思い出です。厳しくも優しい先生でした。
――チェスクラブの仲間の自宅に宿泊しチェスの訓練を続けていたとのことですが、難民の受け入れに積極的でない日本ではあまり見ない光景です。パリではこのようなことは日常的に行われているのでしょうか。
ファヒム:難民は首都圏、つまりフランスではパリに来ますが、彼らを普通の家庭で受け入れるというのは日常的な光景ではありません。
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僕がいたのはクレテイユというパリ郊外の都市ですが、チェスクラブを中心にソリダリティー(連帯)の和が広がったんだと思いますね。僕が経験したようなことはいつも起こることではありません。幸運だったと思います。日本でも難民の受け入れが進むといいですね。
――「超個人主義」と言われるフランスで、ファヒムさんのためにクラブの仲間が助け合うというストーリー自体が非常に印象的でした。パリに来てから 10 年以上が経過しましたが、ファヒムさんから見てフランスの社会は「超個人主義」だと思いますか。
ファヒム:フランスというと「超個人主義」というステレオタイプなイメージを語られることが多いです。しかし、世界中で言われる程、個人主義の国ではないと思います。クラブでの連帯も感じましたし、今ではフランス社会に馴染んで生きています。そして、これからもそのつもりです。
――学校の友だちとは仲良くしていましたか?
ファヒム:もちろん、学校の友達とも仲良くしていました。他の国から来た生徒だからといって軋轢が生じるようなことはなかったです。
フランスに対するステレオタイプなイメージには「超個人主義」の他に「白人が多い」ということもありますが、パリには両親が白人ではない生徒がたくさんいます。
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今のパリは多様性の街なんですね。エリアによって僕のようなアジア系の人が多い地域、中国人が多い地域と分かれていますが、全体的にはアフリカ系の黒人の人たちが多くいます。そういうこともあって、チェスクラブの仲間たちと同じように、どこの国の出身かは関係なくみんな仲良くしていました。
――現在は商業高校に在籍しているとのことですが、将来はどうしたいですか。
ファヒム:自分の人生で最終的に何をするのかはまだ決めていませんが、プロのチェスプレーヤーにはなるつもりはありません。チェスのプロとして生きるということはずっと世界中を旅して試合を続けるということなんです。そういう生活は望んでいないので、今はチェスを一休みして模索している段階です。