エヴリン・フィンケルはベンゲルズドーフの恋人であり、「アメリカ同化局」でも幹部的な地位についている。彼女はリンドバーグに対して批判的なユダヤ人がいたり、彼の当選によってユダヤ人差別が広がっていることを指摘されたりすると、強い拒絶の意志を示す。それはそれだけリンドバーグのことを信じているからだろうか。
けしてそうではない。ここは演じているウィノナ・ライダーの上手さもあるのだが、彼女が今後のアメリカの未来について楽観的な見解を語るときの様子は、不安と狂気に満ちているように思える。それは、事態が悪化すればするほど強くなる。いま自分たちは幸福な夢の中にいるのだから、現実を突き付けて目を覚まさせないでくれ、と言っているかのように。
その心情は一種の正常性バイアスとして理解できる。いったん自分たちが敷いてしまった、リンドバーグを「飼い慣らす」道。そのプロジェクトのために、多くの人々の運命を既に巻き込んでいる。破綻がみえたとしても、今更それをやめることはできなくなっている。そしてプロジェクトが完全に破綻したとき、彼女の人格も破綻する。
どんな社会においても、一度始まってしまったら容易に押し留めることはできなくなる社会のファシズム化。それを止めるには、もしかすると何らかの奇跡的な出来事が起こらなければ無理なのかもしれない。
だが、どんな奇跡が起こったとしても、
差別を押し留め、社会を巻き戻していくには、その社会それ自体の胆力が必要なのだ。トランプは当選したが、現代のアメリカではBLMのデモが起こり、2期目の当選が危うい事態となっている。
『高い城の男』が、起こりえたかもしれない過去に対する潜在的な恐怖を表現した物語だとすれば、『プロット・アゲンスト・アメリカ』は、まさに現在と並行して進んでいく物語なのだ。
我々はこのドラマの中で描かれている出来事を、現実の社会に対する鏡として考えざるをえない。今のところスターチャンネルEXでしか見ることはできないが、今後配信が増える可能性もある。このような時代だからこそ、観ておきたい作品だろう。
<文/北守(藤崎剛人)>