―― 種苗法改正で、農業の在り方はどう変わるのですか。
山田:登録品種の場合は自家採取が禁止されるため、
農家は毎年タネを購入するか、自家採種の許諾料を支払わなければ作物を育てることができなくなります。
これに違反した場合は法的な罰則をうけるだけでなく、育成者権を持つ企業からも莫大な損害賠償を請求されます。
カナダでは、モンサントの育成者権を侵害したとして、無実の菜種農家が20万ドルもの損害賠償を支払うよう命じられたケースがあります。
一方、登録品種以外の伝統的な在来品種、また登録品種でも育成者権の期限が切れたものは従来どおり自家採種ができることになっています。しかし、油断はできません。現在、年間800種類もの作物が従来のものとは異なる新しい品種として登録されていますが、これらの品種は在来品種に少し改良を加えただけのものです。そのため、「在来品種だから大丈夫だ」と思って育てていても、「それはうちの登録品種だ」と訴えられるリスクがあります。すでに国内でも
在来品種を育成していたキノコ農家が民間企業から「育成者権の侵害だ」と訴えられるケースが起きています。
いずれにせよ、今後は登録品種の育成が主流になっていくでしょう。登録品種には国の独立行政法人(農研機構)や都道府県が権利を持つ「公共品種」と、企業などが権利を持つ「民間品種」があります。しかし公共品種の権利は民間企業に売却されてしまう可能性がある。実際、
「農業競争力強化支援法」(2017年施行)という法律には、「試験研究機関や都道府県が有する種苗の生産に関する知見を民間事業者に提供することを促進する」と定められています。「種苗の生産に関する知見」を提供するというのは、育成者権を譲渡するということです。また「民間事業者」には海外企業も含まれるというのが政府答弁です。
しかし民間品種を育成する場合、農家は企業に有利な契約を結ばされます。種子だけではなく農薬と肥料をセットで買わされ、不利な条件で働くことを強いられるのです。その結果、
農家はいわば「企業の小作人」、もっと言えば「企業の農奴」になりかねない。
今後、
企業が国や都道府県から公共品種の権利を買い取っていけば、日本の種子市場は企業の民間品種で占められていきます。その結果、農家は企業から毎年タネを購入するか、許諾料を払わなければ作物を育てられなくなってしまう。このままでは私たちの祖先が育み、私たちが税金で守ってきた日本の種子が企業に私物化され、それを買わなければ作物を育てることができなくなるかもしれない。「こんな馬鹿な話があるか!」という思いです。
もちろん、まだ実際にそうなると決まったわけではありませんが、法改正によって制度上はそういうことが可能になる。日本農業は壊滅の危機です。
―― 種苗法改正の影響はどこまで及ぶのですか。
山田:いま述べたように、今後農家は「企業の小作人」になりかねませんが、
それ以外の農家は廃業を余儀なくされるでしょう。
種苗法改正は農家に「隷属か、さもなくば廃業か」という踏み絵を突きつけているのです。
まず
種苗法改正によって生産コストが上がります。これまで自分たちで採ったり増やしたりしていたタネや苗を購入するようになれば、追加コストがかかるからです。生産コストが上がれば、経営が立ちいかなくなる農家が続出します。コメの場合、公共品種のコシヒカリに比べて、
民間品種のみつひかり(三井化学)の価格はすでに8~10倍です。野菜のタネは公共品種から
モンサントなどグローバル企業が海外で生産する民間品種に移行した結果、
30年で価格が40~50倍に上がりました。
特に深刻なのは、これまで苗を購入して自家増殖していたイモ類やサトウキビ、イチゴやリンゴやミカンなどの
果樹を生産する農家です。あるイチゴ農家は「苗の購入額はイチゴの売上と同じになる。これでは商売にならない」と訴えていました。その中でも
屋久島、奄美、沖縄、石垣、宮古にわたる南西諸島の主要産業であるサトウキビは壊滅的打撃をうけるでしょう。
経営が立ち行かなくなる農家が続出して離農が進めば、
食料自給率はさらに下がります。日本の食料自給率はすでに2018年に先進国最低かつ過去最低の37パーセントに落ち込んでいます。実際にはTPP11や日米FTAの影響で35%を切っていると思いますが、ここからさらに下がる。新型コロナウイルスの影響で一部の食料輸出国が輸出規制に乗り出したため、各国は食料の確保に動いていますが、
日本の動きは完全に逆行しています。
食料安全保障だけでなく安全保障そのものも脅かされます。種苗法改正でサトウキビ農家が全滅すれば南西諸島から住民がいなくなり、太平洋の安全保障が脆弱になるからです。種苗法改正は農業だけの問題ではないのです。