伊方原発3号炉インシデントは何が起きていたのか? 公開情報から読み解く「正体」

伊方発電所3号炉

伊方発電所3号炉 2016/03/27撮影 牧田寛
写真中央が3号炉で格納容器を取り巻く補助建屋内に使用済み核燃料ピット(SFP)がある。
写真下中央から右の平たい大きな建物が187kV屋内開閉所である。すでに高圧線は移設済みである。ここが2020/01/25インシデントの発端となった

定期点検中の外部電源喪失後、何が起きるか

 2020/01/25に発生した伊方発電所における3号炉外部電源喪失インシデントですが、結果論からすれば外部電源喪失後に13秒以内に非常用ディーゼル発電機(DG)が起動し、その後外部電源も回復しましたので無事に収束しています。重要設備に限れば収束までにはだいたい1時間かかっていますが、基本的に設計の範囲内、多重防護の第3層の範囲内で収束しています。
多重防護の概要

表1 多重防護の概要
IAEA基準の動向 − 多重防護(5層)の考え方等
平成23年3月2日 (独)原子力安全基盤機構 原子力システム安全部 次長 山下 正弘 より引用

 原子炉が運転中の場合は、一旦冷態停止に持ち込んだあと、一週間ほどかけて原子力規制委員会(NRA)へ山のような書類を提出してから操業再開することになります。  以前、蓮池透さんにお伺いしたところ、この書類の山がたいへんでたいへんでチョーたいへんで、操業再開の律速段階は書類の山と重箱の隅をつついてくる原子力安全保安院(NISA)への対応だったとのことでした。  今回は、伊方発電所では3号炉は2019/12/26より第15回定検入りのために運転停止中でしたのですでに十分冷えており、それどころか原子炉そのものは燃料取り出し後で、炉心構造物の中はカラッポでした。従って、原子炉自体は放射能バウンダリの維持さえできていれば、インシデントへの対応中は十分と言えます。  一方で使用済み核燃料は、すべて使用済み核燃料ピット(SFP)へ移されています。3号炉SFPには、1号炉SFPからもすべての使用済み核燃料が移送済みで、かなりキツキツとなっています。3号炉1号炉共に福島核災害前の核燃料は、少なくとも8年間の冷却を経ていますので使用済MOX(混合酸化物)燃料を除けば空冷ができるほどに冷え切っています。しかし、2016年の操業再開後に照射された3号炉の使用済み核燃料はまだ熱く、とくに今年取り出した核燃料については常に冷却を要します。  他には原子炉建屋内部の監視(モニタリング)の継続、記録の保全、環境の維持などがなされれば本格復旧までの数日程度は凌げます。

重要なのは時間稼ぎ

 運転中の原子炉で全電源喪失や冷却喪失が起きると人間の力では対応が難しい速さで事態は進行し、インシデントは次々に連鎖してゆき短時間で人間の能力を上回ります。結果炉心溶融を代表とした原子炉過酷事故(シビアアクシデント;SA)へと発展します。  多重防護の第3層は、この事態の進展を遅滞させ、時間稼ぎをすることによってその時間で原子炉の制圧を行います。スリーマイル島原子力発電所事故(TMI-2)やチェルノブイル核災害、福島核災害では、この時間稼ぎに失敗して原子炉は大破しました。それらの中のTMI-2では、原子炉が大破した段階で時間稼ぎに成功し、放射能バウンダリ崩壊を防ぎました。一方、1975年に生じたブラウンズフェリー1号炉(BF-1)火災事故では、定格出力運転中の正午頃に発生した原子炉建屋内での電路火災によって短時間で原子炉の制御を失う中、手動でのRCIC(原子炉隔離時冷却系)起動に原子炉の制御を失う寸前に成功し、その後人海戦術で原子炉の制御を回復し、翌朝には冷態停止に持ち込んでいます。これは時間稼ぎに成功した例ですが、RCICの手動起動に失敗していればBF-1(BWR-4 1.256GWe)は大破し、運開を直前にした同一建屋内のBF-2も大破したと考えられています。このRCIC手動起動は、BF-1 Fireの明暗を分けた重要な鍵で、これによって時間稼ぎに成功し、人間による対応が可能となりました。これは動作原理を理解せずに非常用復水器(IC)を停止させ続けた福島第一1号炉(1F-1)と対極になります。  BF-1〜3は、1974〜77年運開の古い原子炉で、建設費削減のために同一建屋内に仕切り壁を介して複数の原子炉格納容器を設置する工夫がなされていました*。これは旧ソ連邦の古いVVER(ソ連邦・ロシア式PWR)で行われていた手法(格納容器まで無い障子紙設計)に似ていますが、TMI-2事故を契機にこういった独立性、冗長性の低い方法は採用されなくなりました。 〈*BF-1〜3の同一建屋内建設は、岩見浩造氏(P.N.)によりご教示いただいた〉
Browns_ferry_NPP

Browns Ferry N.P.P
BWR Mark-1 Unit 1,2,3が中央川沿いの原子炉建屋に同居している。3基はコンクリート隔壁で仕切られているが、冗長性と独立性という点では大きな問題がある。このUnit1で運転中の作業中に電線火災を起こし、短時間で原子炉の制御を失い、原子炉は全交流電源喪失と計装系・制御系喪失に陥った。BF-1は、炉心溶融に陥る深刻な危機に瀕した。”Browns Ferry Unit 1 Fire”は、全世界の原子力安全対策に重大な教訓を残したが、日本では福島核災害にも対応未了の原子炉が多数発見された
Wikimedia Commons(Public Domain)

 定検開始後一月経過した伊方3号炉では、秒〜分単位での対応を要する操業中の原子炉と異なり24時間単位での対応可能時間があります。従って何らかの深刻な問題が発生したときでも対応し事態を制圧するための十分な余裕があります。
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インシデント当時の伊方発電所
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