混迷する共通テスト、どこに責任があるのか<短期連載:狙われた大学入試―大学入学共通テストの問題点―>

過ちを繰り返さないために

 現在、多くの方が共通テストの記述式について、さらには共通テストそのものについて疑問を投げかけております。その一つとして、2019年11月24日に東京大学で緊急シンポジウムが開かれました。ここでは大学の教員、高校の教員、予備校講師が登壇者として並び、共通テストの中止を様々な角度から訴えておりましたが、ここにはこれまでにはあり得ない光景があります。それは大学の教員と予備校の講師が並んで訴えている点です。  これまで大学教員の中には予備校講師を露骨に蔑む発言をする人も少なくなく、例えば、2019年の3月にはある国立大学の数学の教授がtwitter上で予備校の解答の誤りを指摘し、そこまではよいのですが、それにつけ加えて予備校をおちょくるような発言、予備校を蔑むような発言をして炎上したこともありました。一見すると水と油とも思える大学教員と予備校講師の共同声明、両者並んでの会見はこの問題の大きさを表しています。  さて、高大接続システム改革会議、「大学入学希望者学力評価テスト(仮)」検討・準備グループなどの委員の名簿を見ますと、そこには役職として「◯◯高校校長」「◯◯大学長」「◯◯センター長」のように「長」で終わる肩書をもつ方がほとんどです。このような方は、ご立派な実績等を積んできた方であることは想像するに難くないのですが、このようなメンバーばかりでは偏りがあります。それは、そのような方の多くは、指示を出すが、実務からは遠ざかっているからです。  例えば、メンバーの何人が、この2年(あるいは5年でもよい)の間に実際に授業等で高校生を教えたのか、実際に採点等で高校生の書く答案を見ているのでしょうか。高校生が登校している姿を見ているとか、学校で勉強している姿を視察しているというのは、実務をこなしていることにはなりません。したがって、現在の教育現場を知らずに理念を語ることはできますが、それを実現するには至らなかったというのが、この現状です。これを実現できる形にするには現場の意見を聞くことですが、アンケートなどで意見を吸い上げるような単発的な形ではなく、常駐する形で一貫して見ているあるいは考えている委員も必要です。さらに、このメンバーに各方面での専門家が欠けていたことも残念でした。  高校の30代から50代の教員には非常に優秀な方もいらっしゃいますし、予備校の講師にもいます。多くの予備校講師を抱える大手の予備校などは人材の宝庫なのです。この中から、「長」のつく方の集まる委員会の下部組織でもよいので何か「実働部隊」を作ることが大切ではないでしょうか。  本件とは少し離れますが、数学教育においても同じようなことが何度も起こっています。文科省の学習指導要領の数学については、およそ10年ごとに大きく変わります。他の教科はあまり変化をしません。このことのどこが不思議であるかですが、「数学」という学問は「古くならない学問」なのです。一部例外を除きますが、2000年前に証明されたことが現代でも通用します。もちろん、表記等は変わります。これに対して、特に理科は30年前のことが覆ることはありますので、それによって教科書の内容を変えざるを得ません。  これに対し、数学の場合、学術的理由ではなく別の理由で学習内容が変わります。その中で、1回の課程で消えていくものがあります。最もひどいのは1994年から施行された課程ですが、数学Aでの数列の学習、三角数・四角数、因数定理の数学Bへの移行等多くあり、これは次の課程のときに戻されました。現行課程でいえば、数学Cの消滅ですが、これは次の課程で復活します。1回の課程で終わるものは、「失敗作」と見てよいでしょう。  ここにあげたいずれのことも現場の先生には、うまくいかないことは見えていましたが、「長」の集まる会議ではその感覚はわかりません。意見を吸い上げるという単発的な対応ではなく、持続的に改革に参加できる態勢を作るべきなのです。  最後に、今後、同じ過ちを繰り返さないために、現在活躍中の本物の専門家を多方面から集め会議を設置することと、その会議で、もう一度共通テストを設計し直し、発信力のある非専門家の意見に振り回されないようにしていただきたいということを提言します。

★最後のまとめ★

•現在の共通テスト、特に数学と国語の記述式については「テスト」と呼べるものではない。 •これまで、共通テストの実施内容等を決定する会議がいくつか開催されてきたが、会議のメンバーは「長」のつくメンバーではなく、専門家、現役の優秀な教員も集めるなど今現在、研究、授業等を行っている人材を混ぜた方がよい。 •その会議のメンバーには、特定の民間企業の役員である者は選ばない。また、役員であるものはその会議のメンバーにはならないようにすることが大切である。 •発信力のある非専門家とそれに別の目的ですり寄る専門家によって国家の方針が決定するしくみを変えていかなければならない。 <文/清史弘>
せいふみひろ●Twitter ID:@f_sei。数学教育研究所代表取締役・認定NPO法人数理の翼顧問・予備校講師・作曲家。小学校、中学校、高校、大学、塾、予備校で教壇に立った経験をもつ数学教育の研究者。著書は30冊以上に及ぶ受験参考書と数学小説「数学の幸せ物語(前編・後編)」(現代数学社) 、数学雑誌「数学の翼」(数学教育研究所) 等。 
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