八ッ場ダム、スーパー堤防……。幼稚な翼賛デマは防災・治水を軽視する愚論

 2019年02月16日時点、工事中の八ッ場ダム

2019年02月16日時点、工事中の八ッ場ダム 
photo by massyu / PIXTA(ピクスタ)

 前回、10月12~13日にかけて関東甲信越奥州に大被害を及ぼし、現在も進行中の台風19号による災害についてそれに便乗したデマゴギーの一つ目を紹介し批判しました。  今回現れた災害便乗デマゴギーは多種多様に及んでいますが、その代表的なものをあと二つご紹介します。

「八ッ場ダムは素晴らしい、ガンダムだ」という幼稚な翼賛デマゴギー

 関東地方直撃から一夜明けて13日になると各地で深刻な水害と被害が明らかになり始めました。災害は、とくに夜間に起きた場合被害の深刻な場所からの情報が発信されにくくなり、夜が明けるまで被害状況が分かりません。  13日朝の時点で関東甲信越、奥州での甚大な水害被害が明らかとなり、「ダムに感謝」などと言うお気楽な言説は通用しなくなり始めました。そこに美味しいネタが転がり込みました。 ◆鉄橋、渓谷沈みゆく古里 八ッ場ダム水位38メートル上昇 2019/10/12読売新聞 群馬地域ニュース八ッ場ダム、一気に「満水まで10m」…台風で54m上昇 2019/10/13 読売新聞 全国ニュース  八ッ場ダムは、この10月に試験湛水(たんすい)をはじめ、38mの水位になった時点で台風19号の影響で大雨となり、13日朝までに347ミリの雨で54m水位が一挙に上がり、満水位から10mを残すまでになったと報じられました。本来は三ヶ月かける湛水が1日半で満水位近くまでなされたことになります。  記事そのものはどうと言うことも内容ですが、「ダムスキー・デマゴーグ」達は早速これに飛びつき、暴虐の限り暴れ回りました。八ッ場ダムは無敵だの八ッ場ダムに感謝しろだの、しまいには八ッ場ダムはガンダムだとまで言いつのる始末、その余勢でダム懐疑派の市民団体や市民へ集団ストーカー行為まで行っています。  この記録は、八ッ場ダムがガンダム無双を意味するのでしょうか。

へそで茶を沸かす「八ッ場ダム無双」論

 結論は正反対、八ッ場ダムの投資効果の著しい低さと脆弱性を意味しています。ガンダムどころか宇宙に放り出された丸裸のフルチン兵隊です。  今回は試験湛水中で精々38mの水位でしたが、それが1日半で満水位寸前まで水位が上昇すると言うことは、八ッ場ダムは集水面積に比して貯水能力が著しく不足していることを意味します。  今回も仮に通常水位で事前に水位を下げていたとしても多目的ダムである為に水位低下には限りがあります。その状態ですと、今回の豪雨では短時間でただし書き操作に追い込まれた可能性があります。  また利根川水系における八ッ場ダムの治水寄与は中流で10〜15cm程度、下流では5cm程度であることはよく知られており、今回八ッ場ダムの治水効果が最大限発揮されたとしても全く意味がありません。利根川は、既存の治水設備、施設によって、13日未明に堤防決壊の恐れありと報じられた栗橋付近(渡良瀬川合流点)*を含めて1m程度の余裕がありました**。従って、八ッ場ダムがあっても無くても今回の氾濫阻止には事実上無関係です。 <*埼玉県加須市流れる利根川、堤防決壊の恐れ2019/10/13 02:50 日テレNEWS24 <**栗橋観測所の最高水位は2019/10/13 3:00の9.61mだが、堤高は11m> (※2019/10/17:八ッ場あしたの会事務局からの指摘により、栗橋での氾濫の事実はないことが判明。事実確認の上、差し替えました)  そもそも論として、きわめてパラメータ(変数:ここでは条件のこと)が多い治山治水において、現在進行中の洪水に対して翌日には「八ッ場ダム無双」などと言い出すのは、たんなる「夢想」であって、「へそで茶を沸かす」ことです。  しかも八ッ場ダムが試験湛水開始直後であったのは偶然、「たまたま」です。これは福島核災害において「たまたま」工期遅れで四号炉のピットが満水で、「たまたま」ピットのハッチが壊れ、四号炉使用済核燃料プールに水が流れ込み、露天でのジルコニウム火災が起きなかったという奇跡と変わりません。この四号炉の奇跡は、合衆国が最も恐れた四号炉使用済核燃料プール溶融による東日本の居住不能化を阻止した僥倖(ぎょうこう)と言うべき奇跡でした。  ダムスキー・デマゴーグのいう八ッ場ダム無双論は、単なる偶然にただ乗りしたデマゴギーです。余りにもビジュアルに影響されやすくチョロすぎます。そして八ッ場ダムで今回行われたことは、ダム建設、運用において世界的にきわめて重要とされる教訓を無視しています。そして、八ッ場ダムで今回行われたことは、ダム建設、運用において世界的にきわめて重要とされる教訓を無視しています

試験湛水をゆっくり慎重に行うのは歴史からの教訓

 筆者は、試験湛水中のダムが一夜でほぼ空の状態から満水になったことを美談と報じるメディアと、それを赫々たる戦果と受け取るダムスキー諸氏が、ダム災害でも最も著名なものの一つ、バイオントダム災害*を思い浮かべもしていないことに心底呆れかえります。試験湛水をなぜゆっくりと慎重に行うのか、それを忘れ去ってしまえば、ダムは大量殺戮の凶器に転じます。従って八ッ場ダム管理事務所の判断は、現状では誤っていると言うほかありませんƒ。今はたまたま上手くいっているように見えるだけです。 <*完成直後、湛水中にダム湖畔で地滑りの見つかったバイオントダムでは、1963年に突如大規模な山体崩壊が起こりダム湖畔に大量の土砂が流入、ダム湖の水は津波となってダム堤体を乗り越え、下流の集落を破壊し尽くした。死者だけでも2000〜3000人と確定値が出せていない。湛水中の地滑りは、日本国内でも珍しくなく、近くは大滝ダム(奈良県)で異常察知による試験湛水中止の後に発生している。他にもダム湖畔での道路や鉄道の崩落など、国内だけでも枚挙にいとまが無い。参考文献/1963年 バイオントダムの災害 平野吉彦 新潟大学バイオントダムWikipedia日本語版
次のページ 
旧民主党叩きのためだけに喧伝される「スーパー堤防」デマゴギー
1
2
3