区は「区画整理事業がタダでできる」から計画を受け入れた!?
5年前、江戸川区小岩1丁目の一角は4家族を残して更地になった
平井7丁目の次に事業が始まったのが小岩1丁目だ。ここには約90世帯が暮らしていた。初めは反対していた住民も、区の説得に折れて次々と立ち退いた。だが「納得できない」として最後まで残ったのが冒頭の4家族だ。
彼らが反対するのには、いろいろな理由がある。そのひとつは防災面だ。4家族のひとりで、半世紀以上もこの地に住む高橋喜子さん(90歳)は
「北小岩1丁目は区で一番標高が高く、水害に遭ったことがない」と証言する。
もうひとつの理由は事業内容だ。喜子さんの隣に住んでいた息子の新一さんは、「区はずるい」と訴える。
「スーパー堤防って、国の事業ですよ。でも住民は『スーパー堤防計画』ではなく、『スーパー堤防完成後の土地を区画整理する』という“区の計画”で立ち退いたんです。どういうことかというと、『国のお金で造成したスーパー堤防の土地を、そのまま区が利用する』ということ。
つまり、区が本来負担すべき区画整理事業がほとんどタダでできる。そのために、区はスーパー堤防を受け入れたとしか思えません」
原告の一人、高橋喜子さんが書いた手紙。スーパー堤防は「町興し」ではなく「街壊し」だと述べている
国はこの事業において、河川沿いの住民を立ち退かせる場合は
「事業実施前に、住民の移転承諾を得て盛り土工事を行わねばならない」と定めている。しかし本件では誰ひとりとして国から承諾を求められておらず、
「区の区画整理事業」との名目で立ち退きを迫られた。
「限度を超える権利侵害ではない。事業には公共性がある」と地裁では敗訴
2014年11月、最後まで退去を拒んでいた4家族のうちの高橋新一さんと母親の喜子さんが引っ越しする朝。喜子さんは「悔しいわよ!」と呟いていた。新一さんは裁判の原告団長でもある
結局、高橋さんら4家族は2014年11月、やむなく退去に応じた。工事音が鳴りやまない生活環境や、地域が崩壊したこと、もし行政代執行(区が強制的に家屋を解体する)となれば、その解体費用や引っ越し費用が自己負担になることなどが理由だ。
しかし
「住民の了承を得ていない以上、国に盛り土工事の権限はない」として、国に対しては「事業差し止め」を、区に対しては精神的苦痛への賠償として「1人100万円の慰謝料」を求める裁判を起こした。
その裁判過程は割愛するが、判決が出た2017年1月25日のことだ。
東京地裁の裁判長は、前者は「却下する」、後者は「棄却する」と述べただけで、ものの10秒で退廷した。
異様な法廷だった。まず、被告席には誰もいなかった。被告は傍聴席に座っていた。また、原告団と裁判所との間には「主文に続き判決要旨も読み上げる」との申し合わせができていたが反故にされた。
しかもその判決文は、住民がその数年前に区を相手取って起こした「スーパー堤防取消訴訟」(2013年12月に敗訴)の判決文のコピペだった。曰く
「本事業は、限度を超える権利侵害とは言えない。2度の移転を回避したければ、区の土地買収に応じればよかったはず。事業には公共性がある」というものだ。