大津事故で浮上した「外のお散歩不要論」の無意味さ

現場保育士も苦しい胸中を語る

 では、現場に立つ保育士は今回の事故と保育園の散歩についてどう思っているのだろう? 現役保育士が苦しい胸中を明かしてくれた。 「今回の事故については、なんで記者会見を開いたのかもわかりませんでした。これは交通ルール、ドライバーの意識の問題です。運転する側がいつでも事故を起こす可能性があることを考えないと。これが小学校だったら、中学校だったら、サラリーマンだったら……。通勤路をなくすべきかなんて話にはならないはずです。世のすべての交通事故に共通することで、なぜ保育園だからと責められるのかわかりません」  そもそも最前線に立つ保育士は、自分たちが子どもを守るという気持ちで日々の業務に臨んでいる。 「散歩しているときの信号待ちでも、保育士はいつも何かあったら自分が盾になるつもりでいます。避難すればといっても、10人以上いる乳児が逃げられるはずがない。実際に今回も保育士が被害に遭っていますよね」  スピードを出した車が列に突っ込んでくる……。そういった状況で保育士の責任を問うのはお門違いだろう。 「ドライバーには、そういう集団がいたら減速してほしい。明らかに手を広げて、子どもたちがいることを示しても、狭い道でスピードを出したまま走る人もいます。こちらは白線の内側で身を寄せて、車が通るたびに歩くのを止めていますが……」

交通マナーを学ぶ機会が失われる

 また、安全性の問題から、散歩の是非を問う声もあるが、むしろ散歩することによって身を守ることを学べるという。 「散歩は0歳からバギーに乗せて、次は公園内だけを歩かせたり、段階を経ながら距離が延ばして、交通ルールを教えながらやっています。そこで運転が下手な人がいることなども教えている。『自分たちは小さくて車から見えないから手をあげなきゃダメだよ』とか、そういうマナーも散歩を通して学んでいるんです」  普段からつきっきりで子どもの面倒を見ることができない親が、限られた時間でそういったマナーを教えるのには限界があるだろう。また、家庭によって教育格差も広がるはずだ。 「もし保育園や幼稚園での散歩がなくなったとしたら、小学校に入ってから初めて遠足などに行くことになりますよね? その時点では集団での歩き方がわからないですし、学校でも余計な指導の時間が増えると思います。親とビッタリくっついて歩く環境じゃないから、自分で考えて歩かなきゃいけなくなるわけですが、それを小学校に入ってから学ぶのはどうなんでしょうか」
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考えるべき問題は他にある
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