村上ゼミの発表は、報道だけではなく宗教についてもリサーチが不足していた。
「80年代後半から始まる新宗教・新新宗教ブームの中で、多数の宗教法人が設立されていたこと。そうした人気が、ある種の壁、タブーを作っていたのです」(村上ゼミの学生発表)
確かにオウム真理教の前身である「オウム神仙の会」が設立された80年代近辺は「宗教ブーム」だったと言われる。一般的に、この「宗教ブーム」を「宗教法人設立ブーム」だと勘違いしている人は少なくないのかもしれないが、実際は全く違う。
そもそも「宗教法人」と「宗教団体」や「宗教的集団」は違う。宗教法人とは、飽くまでも宗教法人という種類の法人格を持っている宗教団体だ。それ以外に株式会社や有限会社という形態で宗教的な活動をする団体もあるし、そもそも法人格すら持たない任意団体としての宗教的集団も存在する。オウム真理教も含め「宗教法人」ですら、法人格を得る前からそれ以外の形態で活動した上で宗教法人となっている。
2015年『
宗教関連統計に関する資料集』(文化庁文化部宗務課)には、こう記載されている。
〈宗教法人の総数は,昭和29年(1954年)に約19.7万法人に急増しているが,その時期以外は変化が少なく,昭和30年(1955年)以降はなだらかに増加し,近年は平成6年(1994年)の約18.4万法人をピークに僅かながら減少傾向となっている〉
戦後の新憲法で、信教の自由や結社の自由その他様々な自由や人権が保障され、昭和26年(1951年)に宗教法人法が制定された。しかしこうした背景での宗教法人の急増は瞬間風速的なものに過ぎず、戦後から約10年が過ぎて以降、宗教法人総数に大きな変化はない。昭和48年(1975年)にちょっとしたピークがあるが、以降はこれより少ない数で推移している。
「有名な宗教団体」だけを抽出してみても、この傾向は変わらない。良くも悪くも80~90年代に注目されていた主な宗教法人設立年や、それ以降も含めて事件や騒ぎを起こすなどして注目された宗教法人以外の宗教「的」集団の設立年を一覧にしてみた。
創価学会(1952年、昭和27年)
ものみの塔聖書冊子協会(1953年=昭和28年)
真如苑(1953年=昭和28年)
ヤマギシ会(非宗教法人、1953年=昭和28年)
浄土真宗親鸞会(1958年=昭和33年)
世界真光文明教団(1963年=昭和38年)
世界基督教統一神霊協会=現・世界平和統一家庭連合(1964年=昭和39年)
GLA(1973年=昭和48年)
千乃正法会(非宗教法人、1977年=昭和52年)
阿含宗(1978年=昭和53年)
顕正会(1978年=昭和53年)
ライフスペース(非宗教法人、1983年=昭和58年)
摂理=現・キリスト教福音宣教会(非宗教法人、1985年=昭和60年)
法の華三法行=現・第3救済慈喜徳会(1987年=昭和62年)
オウム真理教=現・アレフ、ひかりの輪ほか(1989年=平成元年)
幸福の科学(1991年=平成3年)
レムリアアイランドレコード=後のホームオブハート(非宗教法人、1993年=平成5年)
神世界(非宗教法人、2000年=平成12年)
ワールドメイト(2012年=平成24年)
今回の学生たちの発表で「宗教ブーム」とされた「80年代後半以降」設立の「宗教法人」は、法の華三法行、オウム真理教、幸福の科学、ワールドメイトの4団体だけだ。
この時期に「宗教法人設立ブーム」など存在していない。
「宗教ブーム」は、各教団の活動が活発になったり、何かしらの事件や騒動を起こしたり、批判を浴びたりすることで、「宗教が目立つようになった」「関心を持つ人が増えた(ように見える)」という現象だ。それをメディアが報じたり宗教団体自身がメディアに広告を出したりすることで、さらに人目につくようになった。
オウム真理教については、教団を好意的に評する山折哲雄氏、中沢新一氏、島田裕巳氏のような宗教学者まで現れた。それを一般の人々の目に触れるようにしたのもまたメディアである。
「宗教ブーム」には当然、宗教研究者も注目しており、「新宗教」「新新宗教」をテーマとした比較的初心者向けの書籍等でも関連する知識を得ることができる。Googleで「新新宗教 ブーム」というワードで検索してみると、書籍を買わずとも読める論文が2番目にヒットする。
元國學院大學教授で現在「宗教情報リサーチセンター」所長を務める宗教研究者、井上順孝氏による1997年の論考『
〈新新宗教〉概念の学術的有効性について』だ。主に現・上智大学の島薗進氏への批判という形で、新たな宗教の台頭という現象をどう捉えるべきか論じられている。
専門的で、決して易しい内容ではないかもしれない。しかし少なくとも、意見が異なる宗教研究者同士の論争において誰も宗教ブームを「宗教法人設立ブーム」と捉えていないことが素人目にもわかる内容だ。
前述の宗教法人数の推移に関する『宗教関連統計に関する資料集』も、文化庁のウェブサイトで公開されている。TBSビデオ問題の検証番組がYouTubeにもアップされていることも合わせて考えれば、村上ゼミの発表は、「ググる」だけでわかることすらリサーチできていなかったということだ。彼らがこうした資料を見ていなかったかどうかは、わからない。少なくとも活用された形跡がない発表だった。