茨城大ゼミ「宗教と報道」発表の拙さと「オトナの責任」

水に落ちた犬しか打てない

 学生の発表では、「宗教法人の壁」が作られた原因のひとつとして、1980年の「イエスの方舟」騒動におけるメディアの過剰報道が批判されたことがメディアを萎縮させていたとも指摘された。しかし実際にはイエスの方舟騒動以降、そしてオウム事件以前も以後もメディアはしばしば平気で、学生たちが言う「宗教法人の壁」を乗り越えてきた。  1991年には宗教法人化直後の幸福の科学が、批判的な記事を掲載した『フライデー』に抗議して、発行元の講談社に対してデモをかけ、社屋に乗り込んでハンドマイクでがなりたて、全国の信者を動員して講談社への抗議の電話やFAXを殺到させ、訴訟を乱発した。いわゆる「フライデー事件」だ。講談社前での抗議活動や大量のFAXは「画になる」という判断もあっただろう。当時、ワイドショーなどはこれをおもしろおかしく取り上げた。  テレビ朝日「こんにちは2時」がオウムの言い分を17分間流させたり、TBS「3時にあいましょう」がオウム幹部に坂本弁護士インタビューの映像を見せた上で放送しなかったりしたのが1989年。それから2年後のことだ。  しかも「フライデー事件」を面白おかしく報道したワイドショーの中には、TBS「情熱ワイド!ブロードキャスター」もあった。89年にメディアが屈した相手がオウムではなく「宗教法人」全般なのであれば、屈した側がテレビ朝日やTBSの個別の番組ではなく「メディア」そのものなのであれば、こんな放送が行われるはずがない。  1991年当時は、幸福の科学の行事の様子や教祖・大川隆法総裁の講演時の奇抜なコスチュームの映像を流すワイドショーもあった。フジテレビ「おはよう!ナイスデイ」のスタジオでは、大川総裁について「裸の王様みたい」と言い放つコメンテーターまでいた。  1992年、歌手・桜田淳子や元新体操選手・山崎浩子が合同件古式に参加したために騒ぎになった「統一教会」(現=世界平和統一家庭連合)関連の報道では、霊感商法の問題や、正体を隠した偽装勧誘等、様々な問題も報じられた。一般の人々が統一教会の問題を知る大きな機会になったばかりか、「洗脳」「マインド・コントロール」という言葉が広まるきっかけにもなった。  地下鉄サリン事件以降では、1999年以降に教祖含め幹部らが詐欺容疑で逮捕された「法の華三法行」(現=第3救済慈喜徳会)についても、同じ1999年に「千葉成田ミイラ事件」を起こし教祖が殺人罪に問われた「ライフスペース」(現=SPGF)についても、メディアは逮捕前から繰り返し時間を割いて報じた。2003年には、千乃正法会(パナウェーブ研究所)による白装束騒動が発生。テレビも含めて多くのメディアが、車で移動する白装束集団のキャラバンを追い回した。  2006年には、当時、教祖・鄭明析が韓国の女性信者への強姦容疑で国際手配されていた「摂理」(現=キリスト教福音宣教会)について、日本でも大学生に対する勧誘が行われていることなどを複数のメディアが問題して報じた。2008年に経済産業省が業務停止命令を出した宗教法人「幸運之光」の「高島易断」を名乗る霊感商法、2011年に関係者が逮捕された「神世界」(有限会社)の詐欺事件も、メディアは報じた。  いいか悪いかは個別の報道ごとに評価すべきだが、いずれにせよ、ある条件を満たせば「宗教法人の壁」どころか「抗議を恐れる組織の壁」も機能せず、「やっちまえ!」という空気ができあがる。その条件とは、複数のマスコミが取り上げたもの(あるいはそうなることが予想できるもの)だ。前述の事例からわかるように、具体的には、すでに刑事事件化したもの、見るからに派手で奇異なもの、芸能人など著名人が関わる話題などだ。  一方、「フライデー事件」であれほどメディアに騒がれた幸福の科学については、2017年の女優・清水富美加出家騒動の際、ワイドショーですら幸福の科学の異常さや奇抜さが取り沙汰されるケースはほとんどなかった。「フライイデー事件」を経てクレーマー集団ぶりを世に知らしめた幸福の科学に対しては、メディアの前に「宗教の壁」であるかのような幻影ができていたのだ。  今年1月に麻疹の集団感染が発覚した医療否定宗教団体「救世神教」については、教団の同意を得られなかったとして行政が当初教団名を公表しなかった。メディアもこれに追随。教団自身が「カミングアウト」して謝罪するまで、一般の人々に集団感染の発生源や根本的な原因が伝えられなかった。  同教団は、「予防接種を受けるように関係者に周知徹底するように」とする県からの指導に反して、ワクチンを含めて医療を否定する教義をまとめた冊子を現在も教団施設内の売店で販売し続けている。こうした実態は、地元メディアですら報じていない。  水に落ちる前の犬には尻尾を振り、犬が水に落ちた犬だけを打つ。水に落ちてもまだ噛みついてこようとする犬や這い上がってくる犬には手を出さない。これがメディアの「宗教事件」報道であり、結果的に弱い者いじめと変わらない構図になっている。

「宗教法人の壁」という欺瞞

 現にオウム真理教についても、国家権力による摘発が行われて以降は堰を切ったように大量の報道がなされた。それまでメディアに吠え掛かり噛みついてきていたオウム真理教という「犬」が「水に落ちた」からだ。  そもそも「いわゆるマスコミ」、いや世間そのものがそういうものであり、相手が宗教、政治家、芸能人、有名企業や経営者等、何であれ違いはないのかもしれない。だとすればなおのこと、宗教だけが特別であるかのような「宗教法人の壁」という見方は、メディアの体質や課題を誤魔化す欺瞞である。  メディアを組織として捉え、オウム事件以外の宗教的集団にかんする報道の事例を具体的に検証すれば、「宗教法人の壁」の正体は自ずと見えてくる。たとえ筆者と同じ見解にならないにしても、少なくともその欺瞞的なキーワードに対して何かしらの考察を加えることができたはずだ。  前述のTBSビデオ問題における検証番組では、坂本弁護士のインタビュー映像も放送された。その中で坂本弁護士は、「信教の自由はあるが、社会の中で活動している以上は社会的なルールがある」という趣旨の発言をしている。坂本弁護士の事務所を訪れた教団幹部が「私達には信教の自由があるんです」と口走ったことに対して、坂本弁護士は「人を不幸にする信教の自由は許されない」と返した。このやりとりも、検証番組の中で坂本弁護士の事務所職員の証言として紹介されている。  表現は違うが、坂本弁護士の問題意識もまた、社会のルールの前に「宗教の壁」などないというものだ。村上ゼミの学生たちには、この検証番組に含まれている坂本弁護士のメッセージの意味をよく考えてほしい。
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「宗教ブーム」への誤解
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