長い時間を要するからこそキャビアには価値があり、高額で取引されるのはわかる。だが、不確定要素が多すぎることは間違いない。これほどリスクの高い分野に挑むことに不安はないのだろうか。
「確かにいろんな方から怖くないのかと聞かれます。しかし時代が大きく変わっている中で、今の収益基盤も明日にも崩れる可能性があるわけですよ。こういう時代にはチャレンジがリスクになるのではなく、何もしないことが本当のリスクなんです」
金子コードではキャビア事業のほかに取り組んでいる新規事業がある。その一つが人工筋肉の開発だ。
「キャビアはこれまでの延長上にないビジネスですが、人工筋肉は延長線上の開発です。これが完成すればさまざまな用途が考えられますが、人生100年時代を迎えた今、いくつになっても自分の足で歩ける社会を作りたいと私は思っているんです」
もともと新規事業の成功率は3%程度と言われる。1つでも成功させるには、これはと思うものはどんどんやるべきだと金子社長は言う。
「まず走り出すことです。大切な情報は本気でやる人にしか集まりませんから」
国内には金子コードが手掛ける前からキャビアづくりを始めた業者が複数ある。だが、金子社長にとって国内事業者をライバルとは見ていない。
「キャビア作りを始めた頃は、国産のキャビアを食べ比べてはどこがおいしいかと気にしていました。しかし今は国産ものは比較の対象にはしていません。海外産のものと国産のものとのレベルの差が圧倒的だからです。私たちが目標にしているのは世界一おいしいキャビアをつくること。世界の原産地のキャビアも越えようとしているのですから、国内に目を奪われているわけにはいきません」
現在量産化に向けて養殖施設の拡充を図っているところだが、その点については浜松市の支援も受けているという。
「折しも浜松市が少子化で廃校が続く中で、打ち出した廃校利用の地域振興策へ応募したところ、使わなくなったプールを無償で提供してもらえることになったのです。すでに1校を利用させていただいております。今後も同様の廃校利用制度があれば積極的に手を挙げて、チョウザメを増やしていきたいです」
そんな金子社長にとってもっとも怖いのは自然災害だという。昨年は大型台風に見舞われた春野町一帯が停電。水の供給や自動餌やり機のシステムが一時的にダウンし、肝を冷やした。
「停電時には自動的に施設内バッテリーに切り替わるシステムをすぐに導入しました。自然災害は予測できないだけに予断を許しません。これまでの努力が水の泡にならないように、自然災害に対しては万全の対策をしていきたいと思っています」
2014年のスタート以来、金子コードでは毎年、チョウザメの数を増やしており、現在は1万6000匹程度になっているという。2023年までには現在の3、4倍にも増やす計画だ。
そんな同社にとって、いずれ「完全養殖」を目指すことは視野に入れているという。完全養殖とは、生け簀のチョウザメから採った卵を孵化させて育てるというサイクルをつくることだ。そうなればコストは抑えられ、増殖体制が整う。
すでに技術的にはめどが立っているというが、そのための人や施設を整えるのは事業が始まってから考える方針だ。
金子社長は「HALCAVIAR(ハルキャビア)」で春野町を、豊かな食文化を日本に築く拠点とするとともに、世界に知られるキャビアの名産地にしたいと意気込む。
一見、趣味的で無謀な掛けに見えながらも、実は大まじめに取り組んでいる金子コードのキャビアづくり。3代目社長の挑戦は続く。
中小企業にとって、「何もしないこと。それこそがリスクだ」という金子社長
<取材・文/大島七々三 撮影・菊竹規 写真提供/金子コード>