なぜ創業87年の電線メーカーは「キャビア作り」を始めたのか? 老舗中小企業の生存戦略

キャビア事業を決めた経営判断

金子社長

キャビア事業は成功すると確信しているという金子社長

 金子社長が経営者として、キャビア事業がビジネスとして成立すると感じたポイントがあったという。それはチョウザメ市場に天然ものは出回っていないことだ。  チョウザメの市場は、ほぼ100%が養殖ものが占めている。というのもチョウザメは乱獲によって絶滅危惧種となっており、天然ものはほとんど手に入らず、ワシントン条約で取引が厳しく制限されているからである。 「鮮魚には天然ものと養殖ものがあり、全般的に味は養殖ものの方がいいじゃないですか。ところが世間では天然もののほうが価値があるとみなされています。私はそれがおかしいと、かねがね思っていました」  養殖ものは施設と設備を用意し、餌を与え、水質や酸素濃度などを管理しながら多大なコストをかけて育てた魚である。しかも味で勝っている。にもかかわらず、「天然モノはよい」という科学的根拠が希薄なイメージだけで、価格で劣るのが解せない、という。 「もしもチョウザメに天然ものが出回っていて、そのほうが価格が高かったなら、この事業に手を出さなかったでしょう。でもチョウザメは育て方で差がつく、つまり企業努力で勝てるということがわかったので、私たちが取り組む事業にふさわしいと判断しました」  経営者としてのシビアな見極めによって、取り組むことにしたと金子社長は強調するのだ。

当初の大失敗。1000匹の稚魚が1週間で全滅

 発注してから数か月後、チョウザメの稚魚が納品された。 「これ大丈夫か」と金子社長。 「大丈夫です、任せてください。僕はチョウザメを触ったことはありませんが、文献なら山ほど読みました。安心してください」と特命幹部は自信満々だ。 「おお、頼もしいな。そういう自信、俺は好きだぞ。後は任せた!」 「はい!」  そんなやりとりがあったという。だが数日後に「その後、どうだ?」と連絡入れた時には、「あと6、7匹です……」と意気消沈した声が返ってきたという。結果的に、届いて一週間もしないうちに稚魚は全滅した。  保険をかけていたおかげで、業者に育てられ少し大きくなった稚魚が納品されることになり、事業は続行できたのだが、苦いスタートとなった。 「しかし稚魚全滅の経験が、結果的によかったんです。なぜならこの事業に欠かせない人が見つかったからです」  全滅するまでの1週間、何とかしなければという一心で、全国のあらゆる研究機関や養殖業者に連絡を入れたという。「金子コードと申しますが、今チョウザメを育てておりまして……」と手当たり次第に相談を持ち掛けたのだ。  ほとんどの人がまともに相手にしてくれなかったが、一人だけ「温度は何度ですか」「酸素の量は?」「光に当ててますか?」「餌にカビが生えてませんか?」と親身に応じてくれた人がいたという。 「その人は、大学の研究機関でチョウザメの養殖をした研究した経験を持つ方でした。今はその人がうちの養殖の責任者になっているんです」  その親身な対応を見込んで、スカウトしたのである。一瞬にして稚魚を全滅したことで新規事業に欠かせない「人」を見つけることができたのだ。
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広がる事業の可能性
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