「商店街を潰したイオンが撤退で買い物難民」は全てが真逆だった!?――「イオン撤退でも買い物難民ゼロ」の理由とは

一番の敗因はイオン自らが生んだ「デフレ社会型の“新商店街”」

 さて、気付いた人も多いであろう。このイオンの閉店の最も大きい要因は「向かいに大型スーパーが出来た」ことであり、しばしば問題にされるような「イオンの撤退による買い物難民」は発生しない。  イオンの真向かいに2009年に開店したディスカウントスーパー「トライアル」は福岡県に本社を置く大手企業の店舗で、衣・食・住・薬の全てを幅広く扱う総合スーパー業態。建物は平屋で売場面積は3000平方メートル台であるが、店内には所狭しと商品が並べられており、しかも24時間営業。小型家具や自動車用品、地域で需要の高い農業用品などはイオン上峰店よりも品揃えがいいほどで、イオンで買うことができる多くの品物はここでも買うことができる。もちろん、ディスカウントストアだけあって殆どの商品はイオンよりも安価で販売されている。  また、イオンの並びに2008年に開業した「ドラッグストアモリ」も強敵だ。こちらも福岡県に本社を置く西日本大手のスーパードラッグストアで、売場面積はイオンの10分の1の規模ながら近年は食品販売を強化しており、一部の生鮮食品の導入も開始。ドラッグストアだけあって殆どの商品がイオンよりも安価で販売されている。
トライアル上峰店

イオンの真向かいにあるディスカウントストア「トライアル上峰店」。平屋でありながら大型の総合スーパー業態だ

 もちろん、このトライアルやドラッグストアモリだけではイオンに到底対抗できる規模ではない。しかし、先述したとおり、この周辺はサティ進出後に新たにロードサイド型の「新たな商店街」が形成されたエリアだ。  現在、イオンの徒歩5分圏内には家電量販店、書店、回転寿司、大手アパレル店、ドラッグストアなどが並んでおり、さらに車で5分圏内まで広げると食品スーパー、ディスカウントスーパー、スーパードラッグにファミレス、ファストフード、100円ショップ、ファストファッション店などもある。  この辺りは佐賀平野であるため自転車を使う高齢者も多くみられるほか、佐賀と久留米を結ぶ幹線道路沿いであるため、路線バスも日中1時間に2~4本走っている。店舗前からこのバスに乗って10分ほどの場所にはJR長崎本線吉野ケ里公園駅もあり、鉄道に乗り換えて佐賀市や福岡市へと向かうことも可能であり、自家用車利用者でなくとも利便性は高い。
上峰町の東隣・みやき町

イオン前を通る県道22号線は「新しいバイパス」と異なり片側1~1.5車線なのでロードサイドといえども「商店街っぽさ」もある。歩道も広く歩行者にも比較的優しい(写真の地点は上峰町の東隣・みやき町内)

 しかも、この新たな商店街の成長期は「デフレ社会」の真っ只中にあった。そのため特に先述した「トライアル」をはじめとした「大型ディスカウントスーパー」の出店攻勢はすさまじく、イオンから車で10分圏内に5軒も立地。スーパードラッグの出店も少なくなく、この沿道はまさに「ディスカウント激戦区」と化している。訪問時にもイオン近くで県外資本のディスカウント食品スーパー、100円ショップなどの新設工事が行われており(1月31日開業)、いまだに企業の出店意欲は大きい。  足元の商店街が発展したことによって巻き起こった「格安競争」で劣勢に立たされたイオンは、末期には催事場にプライベートブランド「トップバリュ」を大量に並べるなどの努力もしており、「ショッピングセンターとしてのアイデンティティ」を失わなければならないほどの価格競争であったことが伺い知れた。
アルゾ吉野ヶ里店

イオンから約1.5キロほどの場所に建設中だった食品スーパー「万惣」(本社:広島県)のディスカウント業態「アルゾ吉野ヶ里店」。取材日直後の1月31日に開業した。100円ショップ「セリア」も建設中だった

 実際のところ、イオンが撤退すると買えなくなるのは「お菓子(銘菓)と贈答品、あとは礼服くらい」と話す住民もいたが、この沿道にあるのはディスカウントストアのみではない。実は、贈答品や銘菓に関しても約2年前に約2キロメートル離れた地場スーパー内に地場百貨店「玉屋」の小型店舗が出店したばかりで、こちらで購入することができるようになった。  玉屋百貨店は江戸時代に創業した呉服系百貨店で佐賀市中心部に大型店舗があるものの、近年はショッピングセンターやロードサイド店に押され気味であった。「新たな商店街」には全国チェーンのみならずこうした佐賀県内や筑後地方の老舗(銘菓店、家具店、飲食店など)が「郊外化に対応」するために出店した例も見られ、今や地域経済を支える場所にもなっている。
モリナガ吉野ヶ里店

イオンから約2キロの場所に2010年開店した地場スーパー「モリナガ吉野ヶ里店」。鮮度が自慢で、こちらもイオンの客足に影響を与えたであろう。別館は「百貨店+百円ショップ」という面白い取り合わせだが、百貨店が遠かったこの地域にとっては便利な施設だ

 そのため、イオンが無くなると本当に困る人という地元住民はごく僅かであり、主にイオンを「休息の地」や「散歩場所」、もしくは公民館的存在として使っていた人が大半ではないだろうか。  もっとも、かつての上峰サティならともかく、殆ど全ての飲食店が撤退している近年の状況では、「休息」もベンチに座って談笑するか、館内のゲームセンターを利用するくらいのことしかできなかった。  奇しくも、この地ではイオンは「自らの進出が生んだ新たな商店街」に負けてしまう結果になったといえる。
新たな商店街

イオン上峰店の沿道には多くのロードサイド店が出店。殆どがここ20年間で出店したもので、今や「新たな商店街」を形成している

 この町の商店街を潰したのはイオンではなく、商店街はイオン(サティ)自身が新たに生み出したものだった。そして、奇しくもイオンは、デフレ社会のなかで自らが生んだ商店街にも敗北し、一方でその新たな商店街のおかげで買い物難民が生まれることは無かった。  しかし、イオンによって大きな発展を遂げることとなった小さな自治体にとって「イオン撤退」は降って沸いた難題であることは間違いない。  さて、この難題に対する佐賀県上峰町の対応策は全国的に見てもユニークなものであった。果たして、どうやって立ち向かうことにしたのか――それはまた後日の記事で報告したい。 <取材・文・撮影/若杉優貴(都市商業研究所)> 都市商業研究所 若手研究者で作る「商業」と「まちづくり」の研究団体。Webサイト「都商研ニュース」では、研究員の独自取材や各社のプレスリリースなどを基に、商業とまちづくりに興味がある人に対して「都市」と「商業」の動きを分かりやすく解説している。Twitterアカウントは「@toshouken
若手研究者で作る「商業」と「まちづくり」の研究団体『都市商業研究所』。Webサイト「都商研ニュース」では、研究員の独自取材や各社のプレスリリースなどを基に、商業とまちづくりに興味がある人に対して「都市」と「商業」の動きを分かりやすく解説している。Twitterアカウントは「@toshouken
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