宮古馬の虐待問題で揺れる島に生まれた「小さな希望」

宮古馬と人間のあたらしい関係

ウムグイ

Dさんは伝統的な頭絡のウムグイを自作、馬と散歩に行っている

 Dさんは2018年後半、荷川取牧場からもらい受けた1頭の仔馬を飼い始めたという。ウムグイ(宮古島の伝統的な頭絡=馬の頭につける馬具)を試行錯誤しながら自作し、毎日海まで散歩して一緒に泳いだり、草原で走らせたりと、一対一での親密な関係を築いてきた。  仔馬はこれまで、群れのなかで家族や同じ年齢の仲間と共に育ってきた。ひとり離されたショックで最初の頃は逃走しようとしていたそうだが、いまではすっかり安心して、新しい今の暮らしを楽しんでいる。  多頭を放牧して飼っている牧場では一頭一頭に時間をかけて向き合うことはできないが、ここでは毎日ていねいにブラッシングをしてもらえ、仲間にエサを横取りされるような生存競争もない。放牧とは違った、人間との密なコミュニケーションがある。これまで宮古島では他のどの飼育者もしてこなかった、新しい飼育の形である。 「馬は大きな身体をしているのに攻撃性がなく、心の底から優しい生き物だと思います。命と向き合うことの難しさと素晴らしさを肌で感じています。その中で、自分もまた成長しているような気がします」(Dさん)
救出されたシンゴ

Dさんが飼っている、荷川取牧場から譲り受けた仔馬(手前)と、N牧場で虐待されていた雄馬・シンゴ(奥)

 そして2018年末、虐待で問題となったN牧場で飼育されていた1頭の雄馬が、Dさんのもとに譲り受けられた。 「この馬は10年もの間、狭い場所に閉じこめられ、走ったこともない。そればかりか、目の前で仲間が次々と衰弱死するのを見てきて、傷ついているでしょう。しっかりと愛情をかけて育てて、ゆっくりと心を開いてもらい、幸せな“馬生”を歩ませてあげたいです」(Dさん)  Dさんはその雄馬にも専用のウムグイを作り、今散歩に慣らせているところだ。伝統的なウムグイを付けた、新しいスタイルの飼育。それがどのように展開していくのか、これからが楽しみなところだ。

「壊す」ではなく、「守る」。それが島への恩返し

 Dさんは最後にこう語った。 「僕たちが生まれる前から、宮古馬は農耕馬としてずっと人を助けてきてくれた。文句も言わずに毎日黙々と働いてきた。そういうことを、この島のみんなは思い出すべきだと思う。今のこの暮らしがあるのも、馬たちがこの島の豊かさを築いてくれたから。  もっと宮古馬に関心を持って、みんなで守っていかなきゃいけない。今、島ではさまざまな開発が目白押しで、自然の破壊が急速に進んでいる。自然や命は、失ったら二度と元には戻らない。 『壊す』じゃなく、『守る』。それが宮古島に生かしてもらっている人間たちの、島に対する恩返しなんじゃないかと思います」  苛酷な島の風土に溶け込んで何百年もの間、人々の暮らしを支え続けてきた宮古馬。今では島民たちにも忘れ去られ、その存在は風前の灯火となっていた。しかし、しだいに次の世代がその大切さに気づき始め、暮らしの中に宮古馬とのあたらしい関わりを取り入れるようになってきているのだ。  虐待問題で揺れた宮古島に、小さな希望が生まれ始めている。 <取材・文/『週刊SPA!』宮古馬取材班>
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