SUGIZOが見たパレスチナ。難民キャンプ支援ライブに密着

音楽があらゆる“壁”を飛び越えた

 ナブルスという街での3回目のライブでは、地元のミュージシャンも共演。「すっかりSUGIZOファンになっちゃった!」という歌手の女の子は、いつか自分も世界に音楽を届けられるミュージシャンになりたいと夢を語った。
ナブルス

ナブルスの事業家、ムニーブ・マスリ氏の邸宅にて行ったライブ。敷地内にはローマ時代の遺跡も残されている

 最後に奏でた「The Voyage Home」という曲は、シリア難民キャンプを訪れたときに得たインスピレーションから生まれた曲だ。「はじめはシリアの戦火から逃れる人々を思って演奏していた曲だけど、今は『故郷』を追われた全ての人々に対する曲として成長してきた」とSUGIZOさんは話す。  切なくも優しいメロディーを聴く人々の中には、静かに涙を流す人もいた。SUGIZOさんの音楽は、国境や人種、宗教や年代といったあらゆる“壁”を飛び越え、人々の胸を震わした。「また何度も戻ってきてライブをやりたい」と、SUGIZOさんは地元の人々との再会を誓った。

多くの災害を経験した日本人こそ共感できる

 帰国後のSUGIZOさんに、パレスチナライブの感想を聞いた。 「難民キャンプの人々にとって、衣食住も大事だけど、それだけではない。みんな、歌ったり踊ったりして心を満たすことに飢えている。自分はミュージシャンだから、“支援”というと少しおこがましいかもしれませんけど、音楽を通して現地の方々とつながるということは、とても自然にできました」
ヘブロンのゲート

ヘブロンでは、イスラエルの管理地域に入るために厳重なゲートをくぐる必要がある

 現地では、人々を抑圧する占領の象徴に直面した。「テロ対策」の名目でイスラエルが建設した長大な分離壁だ。高いところでは8mほどあるコンクリートの壁は、パレスチナの村や町を分断している。 「壁には監視塔があって、常にイスラエル軍の兵士がパレスチナの人々を見張っています。まさに拒絶・分断の象徴でした。その壁と壁の間に、ぽつんと一軒だけ残されている土産物屋がありました。その店のご夫婦は、たった一日のうちに巨大な壁が建てられ、自分の店が囲まれてしまったことを、一生懸命僕に訴えてきました」  同時に、SUGIZOさんは、抑圧に対抗するアートの力にも心を打たれたという。
ベツレヘム

ベツレヘムの分離壁には、さまざまなウォールペインティングが描かれている。有名なアーティスト、バンクシーの経営する「The Walled Off Hotel」の前にて

「巨大な壁に描かれたグラフィティアートは本当に力があった。人々の心の叫びを感じました」
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