肱川大水害の災害現場。死者も出た地域の傷痕は今もなお深い

交差点が崩壊し狭窄した鹿野川大橋周辺

肱川下流左岸側

鹿野川大橋上から、肱川下流左岸側を望む。 桟橋構造の建築物が崩壊している。建物の損傷から、3m前後の浸水と思われる。2018/10/27撮影

 鹿野川大橋は、鹿野川ダムと道の駅清流の里ひじかわとの中間点、鹿野川ダム下流750mの地点で肱川と河辺川の合流点下流にある橋で、肱川町鹿野川地区と国道197号線を結ぶ動脈となっています。鹿野川大橋は、肱川大水害で水没し、左岸橋台背面の洗掘によって10月中旬まで全面通行止めとなっていました。  鹿野川大橋の被災状況は、愛媛大学が被災直後の7/12に調査を行い、その状況を報告しています。(参照:愛媛大学災害調査団 鹿野川大橋被害調査7/12)  鹿野川大橋は、路線バス、スクールバスの経路となる重要な橋梁で、迂回路はたいへんに狭隘な肱川右岸の県道となるため、復旧が急がれ、8月8日に仮復旧したものの損傷が著しく、8月15日の夜より再び全面通行止めとなり、開通は10月中旬となりました。  現在も鹿野川大橋交差点は国道197号線の洗掘による崩壊によって狭窄しています。  現場に行ってみると、鹿野川大橋の左岸橋台は、激しく洗掘されており、背面が空洞になってしまっただけでなく、橋台も正面(肱川側)が洗掘により半分近く浮いており、増水がより長時間に及べば橋台崩壊により流失していたものと思われます。この場合、橋桁による河道閉塞が生じ、上流側の洪水はより大規模になった可能性があります。  鹿野川大橋は、山鳥坂ダムの建設が予定されている河辺川が肱川右岸より合流する直下にあり、大増水時に河辺川の流れが鹿野川大橋左岸を激しく洗掘したものと思われます。  水害当時の写真をみると、鹿野川大橋は全没しており、ダムや堤防、橋梁にとって一番危険な状態に陥っていたことがわかります。
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建屋が一棟流失した肱川中学校
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